Little Ordinaries (34)
キッチンに行くと、コトコトと土鍋が音を立てていた。
あ、お粥だ、と思った。
「なんだ? まだできてないぞ」
珍しくもご飯を作ると言ってくれて、キッチンに立っている三蔵がこちらを振り返った。
「いや、ご飯じゃなくて。今日って25日だよね? 三蔵が帰ってくるのって、今日の夜じゃなかった?」
今日まで叔母さんの家にいかなくちゃいけないと言っていた。帰ってくるのは今日の夜遅く。なのに、なんで起きたら三蔵がいたんだろ。
「あぁ。だが、お前、家に電話しても携帯に電話しても出ねぇから」
「電話? いつ?」
「夜中。12時前くらい」
……その時間はもう飲んでたな。
別に一人で寝ることなんて平気のはずなのに、三蔵が出かけた一昨日の夜は全然眠れなくて、ほとんど一睡もせずに翌日になった。昨日も眠れなくて寝不足の顔をしていたら、三蔵が心配するかもしれないからお酒の力を借りようと思って――。
「何かあったのかと思って帰ってきたら、リビングの床で小さく丸まって泣いてるし」
夢を見ていた。
とても、苦い夢を。
助けてくれた。三蔵が。
「え? ってことは、あの三蔵、夢じゃなかったの? 王子さまみたいな格好してた」
「は?」
「だって、黒のタキシードみたいの着てたでしょ? 髪、後ろに流して。カッコよくて王子さまみたいだって思った」
そう言った途端、三蔵は嫌そうな顔をした。
誉めてるのに。
「もう、大丈夫か?」
と、不意に手が伸びてきて、ふわりと抱きしめられた。
「お前、嫌だったり淋しかったりするんだったら、ちゃんと言え。あんな風に俺のいないところで泣くな」
ずっと『ここにいるから泣くな』という声が聞こえていた。
あれは夢じゃなかったんだ。
「三蔵……」
目を閉じて身を委ねる。
でも。
あまり甘やかさないで欲しい。
いつかこの手を離さなくてはならなくなったときに、離れられなくなってしまうから。
それでも。
それは『今』じゃないから。
今だけは――。