Little Ordinaries (43)


扉を開けるとカロンコロンという軽やかな音がした。

「いらっしゃい……と、悟空?」

それからすぐに目に入ったいつもの穏やかな笑顔が少し驚いたものにと変わる。

「こんにちは、八戒」

挨拶をして店の中にと入る。お昼のお客さんが一段落した頃。お店にはまばらにしか人はいない。

「どうしたんです? 何かありました?」
「ん、と……。あ、そうだ。この間は、夕飯、ありがと」
「いえいえ、どういたしまして。良かったら、また試験の時に作りに行きますよ」
「うん、ありがとう。甘えさせてもうかも」
「こらこら、仔猿ちゃん。こっちにお礼は?」

カウンターの端から声がかかる。

「……悟浄ってヒマなの? いっつもいるね、ここに」
「その言い草はなんだ。今度はイチゴのゼリーでも持って行ってやろうかと……」
「本当? わーい、悟浄、ありがと」
「現金だな、お前」
「素直でいいじゃないですか」

ため息まじりの声に、にこやかな声が被さる。

「それはそうと、本当にどうしたんですか? 受験はまだ終わっていないのでしょう? そんな大切な時期にここにくるなんて」
「うん……。あのね、八戒、まだ上の部屋、空いてる? もう従兄の人、帰ってきた?」
「いいえ」
「じゃ、さ。二月に入ってから、少し貸してくれる?」
「お前、三蔵のトコ、出る気か?」
「んなわけないだろ」

驚いたような悟浄の言葉を即座に否定する。

「チョコレート作りの練習をするの。三蔵、甘いの、苦手だから」

宣言するように言ったところ、あっけにとられたような沈黙が降りた。やがて悟浄が口を開いた。

「お前、受験の最中の大事な時期に何考えてるんだ? 三蔵が知ったら怒るぞ」
「大学に入るのは大事なことだけど、でも、三蔵はもっと大事なんだもん」

またもや沈黙。
呆れられてるのはわかってる。でも、本当に大切だから。

「わかりました」

と、柔らかい声が響いた。

「ただし、バレンタインの前日1日だけです。それまでに、甘くなくて簡単に作れるレシピを探し出しておきますから。そこは譲歩してくださいね」
「八戒」

心遣いが嬉しくて、自然に笑みが浮かぶ。素直に言葉にした。

「ありがと」