Little Ordinaries (45)


清々しい香りに誘われた。

「梅、もう咲いてたんだ……」

ちらちらと、満開には程遠いけれど、少し見上げるほどの高さの枝に白い花が綻んでいた。
まだ寒いのに、花をつけている姿は凛としている気がする。

「花見か、悟空」

と、突然、後ろから声をかけられた。

「李厘」

振り向くと李厘がいた。

「李厘も今日、試験だったのか?」
「そう。それにしてもまっすぐ帰らず花見とは、余裕だな、悟空」
「全然。だって、梅が咲いてるのにも気が付かなかった。節分とかバレンタインとか、結構どこでも宣伝してるからそういうので季節ってわかるけど、こういう自然のもので季節を知るのは余裕がない駄目だね」

しみじみとそう言ったのに、李厘は別の言葉に引っかかったみたいだ。

「ふうーん、バレンタインか」

意味ありげな笑みが浮かんでいる。

「日曜日、八百鼡ちゃんとチョコを買いに行くんだけど、悟空も来るか?」
「何で?」
「何でって、チョコ、あげないのか? 保護者の人に」

言われた言葉にしばし沈黙する。

「……何で、そう思う?」
「何でって。違うのか?」
「いや、違わないけど……。でも、ヘンとか思わないか?」
「何が?」

目を丸くして李厘が逆に問いかけてくる。
こういうところ、李厘には敵わないな、と思う。まっすぐでおおらかで細かいことは気にしないで。
でも、だからこそ、先入観なしに人のことを見る。

「何でもない。それより李厘、このこと、ナタクに……」
「言ってないよ。でも、ナタクも気にしないと思うけど」
「うん。そうだと思うけど、受験生なのに万が一動揺させたらマズイなって」
「ま、お前のことだから、お前の好きにすればいいんじゃないか? それより、悟空、どうする? チョコ、一緒に買いに行くか?」
「いや、実はもう先約があるんだ。買うんじゃなくて、作るんだけど」

八戒のところで作る約束をしてある。

「手作りか。やるな」

にっと李厘が笑った。

「甘いの、苦手だからね」

そう答えたけど、ちょっと気恥ずかしくて、もう一度、梅を見上げた。

春はもうすぐ――。