Little Ordinaries (46)


「いらっしゃい」

軽やかな音ともに扉を開けると、八戒がにこにこと笑って出迎えてくれた。

「材料、ちゃんと買えました?」
「うん。大丈夫。でも、ブランデーはさすがに買ってこなかったんだけど」

学生服じゃお酒は買えない。というか、普段着でも買えなかったりするから、酒類だけは三蔵が自分で買ってくる。
……どうせ、童顔だし。

「あぁ。でも、それはあるからって、メールしましたよね?」
「もらったけど、お金は出すよ?」
「いいんです。心のひろーい方が寄付してくださったんで」
「……つーか、脅し取られたというか」

カウンターの端から声がした。

「二階、必要そうなものは運んでおきましたが、足りないものがあったら言ってくださいね」

だが、そんなぼやき声は完全に無視した八戒が店の奥に通じる扉を開けてくれる。

「それから作り方でわからないところがあったら、遠慮なく聞いてください。本当は手伝ってあげます、って言いたいところですけど、自分の手で作りたいでしょうからね」
「もう、いっぱい手伝ってもらってるよ。ありがと、八戒」

バレンタインデーの前日。チョコ作りのために、お店の二階にあるキッチンを借りにきていた。
前に、二月に入ったらチョコ作りの練習のために貸して、と頼んだところ、受験生なのだからとたしなめられた。
甘くないチョコの作り方は探しておくので、一日だけにしなさい、と。
約束通り、材料とレシピが昨日メールで送られてきた。

「いいえ。こちらこそ、お礼を言わなくては。チョコの作り方を探しているうちに、いくつか面白そうなのをみつけましてね。それを参考にして、アレンジを加えたのを数種作って、レシピつきでお客さまに出してみたら凄い好評で。今月の売上げ、倍増ですよ」

相変わらずの笑顔で八戒はそう言い
「あ、でも、悟空に渡したのは、違うレシピですよ」
と付け加えた。

こういうところの気の配りようは八戒だな、と思う。

「ありがと」

もう一度お礼を言う。そして、奥に入る直前に言い足した。

「それから、悟浄も」
「ついでかよ」

閉めた扉の向こうから悟浄の声が聞こえてきて、思わず笑ってしまう。

大切な人。
大切な人たち。

そんな想いが伝わればいい、と思う。