Little Ordinaries (48)
「ただいま」
玄関の扉を開けるなり、いい匂いがした。匂いにつられるようにキッチンに向かう。
今日は試験だったから、三蔵が夕飯の用意をしてくれてるのかな。昨日、八戒に今日の分までの食事を持たされたから、それを暖めて……いるわけではなかった。
「八戒」
キッチンに入って驚く。
「おや。早かったですね」
にこにこといつもの笑顔で八戒が言った。
「まっすぐ帰ってきたから……ってより、わざわざ夕飯作りに来てくれたの? 昨日、今日の分まで渡してくれたじゃん」
「えぇ。ですが、ちょっとしたお礼です」
その言葉にふとテーブルの上を見ると、凄いご馳走が並んでいた。
「何? 今日って何かあったっけ?」
「バレンタインデー。昨日、一日早いけどってチョコレートをくれたでしょ? そのお礼です。あ、そこのバラとキャンドルは悟浄から。意外とロマンチストなんですよね」
テーブルの中央には艶やかな赤いバラと白いキャンドル。
「それじゃ、僕はこれで」
八戒がエプロンを畳みながら、ドアに向かう。
「え? 食べてかないの?」
「お邪魔はしませんよ。お店に戻らなくちゃいけないですし、さっきからすごく怖い顔で睨まれてますしね」
くすくす笑いながら八戒が出て行く。
振り返ると、リビングのソファーの上で、三蔵が苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「三蔵?」
そちらに向かう。
「お前、あの二人にもチョコレート、渡してたのか?」
「だって、お世話になったお礼だから」
「昨日、勘違いで泣きそうな顔しておいて……」
三蔵が口の中で、独り言のように呟く。
よく見ると、苦虫を噛み潰した、ってよりなんだか拗ねたような表情。
「三蔵」
座っている三蔵をふわりと胸に抱きしめる。
「でもね、今年は『好きな人がいるから』って受け取らなかったよ、そういう意味でのチョコレートは」
見上げてくる三蔵っていうのは、いつもとは違う構図で。
拗ねたような表情と相まって、『可愛い』だなんて思ったと言ったら怒られるだろうか。
「それに、そういう意味であげたのは、三蔵にだけだよ」
「……知ってる。じゃなかったら問題だろうが」
まだ拗ねたような表情の三蔵に、くすりと笑ってキスを送る。
今日はバレンタインデー。大切な人と過ごす特別な日。