Don't You Want Me Any More? (4)


夜。
三蔵から電話がかかってきた。
三蔵は仕事でおばさんの家に行くため、今日から一週間ほど家をあけることになっていた。
一通り話をした後で、三蔵が「大丈夫か?」と聞いてきた。
普段通りに話していたと思うんだけど、ちょっと違和感があったのかもしれない。
でなければ、少し前にやっぱり三蔵が家をあけたときに、眠れずにいたからかもしれない。

一人で泣くな、と言われた。

だけど今は別に泣いていないし、悲しいわけでもない。
ただちょっと。
ちょっと、胸がざわざわしてるだけ。
だから「大丈夫」と答えて、電話を切った。

ホテルの喫茶室で、動きを止めた俺の視線を追って、ナタクが「綺麗って、あの人ぐらい綺麗か?」と笑ってきいてきた。
三蔵もナタクと同じタキシード姿だった。
聞くと、ナタクは三蔵を知っていると言った。
知り合いというほどのものではないが、知っていると。

玄奘三蔵。
玄奘グループの前会長の息子で、現会長の甥。

玄奘グループは財閥系の複合企業で、他の財閥系の会社とは違って保有する会社に『玄奘』の名を入れないことがほとんどだから、普通の人はそんなグループ会社があるとは特に意識していない。
だけど、ナタクがあげた銀行だの不動産だのデパートだのは、俺でもよく聞く、有名なところばかりだった。

「でも、めずらしいな」とナタクは続けた。
三蔵はほとんど経営にはタッチしておらず、ただ今日みたいなパーティに現会長である叔母をエスコートして現れるのみだという。
叔母さんが「それくらいの仕事はしろ。客寄せにはなるだろ」と言っているそうで、その言葉の通り三蔵が現れるパーティには、若い女性たちが多く集まり、華やかな雰囲気になるという。

あれだけの容姿。
加えて、今はほとんど何もしていないとはいえ、玄奘グループの現会長の甥という立場。
しかも独身ときていれば、無理もない話だ。

だが、三蔵の方には、群がってくる女性たちにはあまり興味がないらしく、いつも適当に受け流している。
だからこそ、今日みたいに叔母さん以外の女性をエスコートすることは凄くめずらしい。
ないことではないが、めずらしいことだそうだ。

「きっといろんな噂が駆け巡るだろうな」とナタクは笑っていた。

噂。

切った電話の受話器を見つめて思う。

噂、だよね。
三蔵が何も言わないのは、別にたいしたことじゃないからだよね。

だけど。
俺から聞くことはできなかった。

あの女性は誰、と。