変奏曲〜variation (3)


 暗い――暗いなかを、腕をひかれて歩く。
 暗くて、寒くて、冷たくて。

「嫌だよ」

 一生懸命に、掴まれた腕を振り解こうとする。
 そっちは嫌。
 ここよりも、もっと、もっと暗いところ。
 行きたくない。

「ねぇ、嫌だったら」

 体重をかけて引き戻そうとする。
 でも、凄い力で引きずられて。
 だから、腕を思いっきり振って、掴まれた手を払いのけた。
 前を歩く人が驚いたように振り返る。

 淡い光に浮かぶ、綺麗な顔。
 涙の流れ落ちる、悲しげな顔。

 少し俯き、そして――。
 まるで、興味をなくしたかのように、その人は歩き出す。
 一人で。

「待ってっ!」

 急に怖くなる。

「待ってってばっ!」

 手を振り払ったことに。
 一人で残されることに。

「やだっ!」

 追いかける。
 だけど、その姿は遠くなるばかり。

「待ってっ!」

 手を伸ばす。

「お母さんっ!」



 ――そして、目が覚めた。





「……っ!」

 悟空はベッドの上に跳ね起きた。
 叫ぼうとし、そして、すぐに先ほどまでのが夢だとわかり、声を押しとどめる。
 ぎゅっと目をつぶり、自分自身を抱くように、体を丸める。
 と。

「どうした?」

 ふわりと、包み込むように抱きしめられた。

「……さんぞ……」

 青ざめた唇から震える声が漏れる。

「ごめん。ごめん……起こしちゃった……?」

 ふう、と大きく息をついて、震える体を落ち着け、悟空は唇に笑みを浮かべてみせた。

「ごめんね、なんかヘンな夢、見ちゃって」
「無理はすんな」

 ゆっくりと落ちつかせるように、三蔵は悟空の背中を撫でる。

「うん。も、大丈夫。ごめん。まだ早いでしょ? もう少し寝て……」
「だから、無理はすんなって」

 抱きしめられる。

「さんぞ……?」
「お前、自分で気づいてないな」

 そっと、少し体が離され、まっすぐに三蔵は悟空を見つめる。
 戸惑ったような表情を浮かべる悟空の目元に三蔵は唇を近づける。

「あ……」

 流れる涙。
 三蔵の唇が触れて初めて、悟空は自分が泣いていることを意識した。
 止めようとして止まらず、息を止めて涙を止めようとする。

「だから、無理はするなって」

 きつく結ばれた唇に、柔らかなキスが降る。

「泣きたいなら泣いとけ。我慢はするな。だいたいお前は我慢しすぎるしな」

 もう一度抱きしめられ、ポンポンと軽く背中を叩かれる。
 それだけで――。

「さんぞ」

 涙がますます溢れてくる。

「三蔵、三蔵、三蔵。置いてかないで……一人にしないで……」

 泣きじゃくりながら悟空が呟く。
 だが、すぐに頭を振って身を離し、付け足すように言う。

「ごめん。俺、変だ。変なコト、言ってる……」
「置いてかねぇよ」

 しっかりと抱きしめ直し、耳元で囁くように三蔵が言う。

「絶対、手放したりしねぇから、安心しろ」

 その言葉に、悟空は微かに嗚咽を漏らした。