変奏曲〜variation (6)


「なんか緊張する」

 厚いドアの前で立ち止まって、悟空が言った。
 本当に緊張しているようで、その顔は強張っていた。

「別に誰も取って食ったりしねぇよ」

 苦笑しつつ、三蔵はドアを開ける。
 と、中にいた二人がこちらをふり返った。

「よ、三蔵サマ。遅かったじゃねぇよ」
「あ、三蔵。お疲れさまです」

 挨拶がかかるのに、軽く「あぁ」と返してから、三蔵は悟空を前に押し出した。

「あれ? もしかしてこの子が……」

 それに気がついて、赤い髪の青年が悟空の方に近寄ってきた。

「へぇぇ。可愛い子じゃないの」
「こらこら、悟浄。いきなり失礼ですよ」

 さらに至近距離に接近しようとする悟浄の首根っこを、緑の目の青年が後ろから掴んで引き止めた。

「ちょ……っ、八戒。締まってるからっ。息、できないからっ」
「あぁ。すみません。でも、三蔵に殺されるより楽に逝けると思うんですけど?」

 怖い台詞をさらりと笑って言う八戒の視線の先には、睨みをきかせている三蔵。
 言われて自分の表情に気づいたのか、三蔵は低く舌打ちをしてふいっと横を向いた。

「孫悟空君ですよね?」

 そんな三蔵の様子にくすりと笑って、八戒が悟空に言葉をかける。

「僕は猪八戒と申します。一度、お会いしてますね?」
「あ……、あの時の」

 にこにこと笑う顔が、悟空の記憶の中で一致した。
 三蔵と初めて会った翌日。怪我をした三蔵を迎えにきた友人。

「何? 八戒とは知り合いなの? やだな、俺だけ退け者? 拗ねるぞ」
「違いますよ、知り合いってほどじゃないです。ただ、一度だけお会いしているので。ほら、三蔵が怪我したときに助けてくれた子ですよ。話したことありましたよね?」
「あぁ。あの逆恨みの時のね。もしかして、それがご縁? だったら、三蔵も怪我損じゃなかったってわけだ」

 言いつつ、悟浄が悟空に手を差し出した。

「沙悟浄だ。よろしく」
「孫悟空で……」

 握手するのと同時に、悟空の手は悟浄に強く引かれた。
 勢いで、ぽふんと悟浄の胸に抱きとめられる。

「野郎なんて、って思ってたけど、結構抱き心地いいじゃん」

 頭の上からそんな声がする。
 予想もしていなかった出来事に状況がよく掴めないが、それでも悟空がじたばたと離れようとしていたところ。

「そんなに死にたいか」

 三蔵の低い声が聞こえ、悟浄から引き離された。
 片手で肩を抱かれて、引き寄せられる。
 その手の強さに、よく知っているぬくもりがそばにあることに、悟空はほっとしたように微かに笑みを浮かべた。

「三蔵、ちょっとここではやめてほしいんですけど。そんなことをしたら出入禁止になっちゃうじゃないですか。この辺で練習場所を確保するのって、結構たいへんなんですよ」

 だが、そんな台詞が聞こえてきて、慌てて顔をあげた。
 その目に、喉元に手刀を突きつけられている悟浄の姿が映った。
 降参、というように両手を軽く上にあげている。

「三蔵っ」

 咎めるかのような声をあげる悟空に、三蔵は低く舌打ちをすると手を引いた。
 それから、悟浄をひと睨みし、悟空の肩を抱いたまま離れていく。

「命知らずですね、あなたは」

 八戒が悟浄に呆れたかのような声をかける。

「別に命知らずなわけじゃねぇけど。でも、三蔵のあーんな顔の見れるなら、命をかけてもいいかもな」

 クスリと笑って悟浄が言う。

「ま、確かに珍しい――というか、初めて見ましたけどね」
「お前ら、無駄話してねぇで、さっさと準備しろ」

 なんだか楽しそうな二人に、悟空を隅の椅子に座らせた三蔵の怒号が飛ぶ。

「はいはい」
「へぇへぇ」

 クスクスと笑いながら、悟浄はドラムセットに向かい、八戒はギターを取り上げる。

「じゃ、いきますか」

 その声に三蔵は中央に向かい、マイクを取り上げた。