変奏曲〜variation (8)


「すげぇ、な」

 しばらくの沈黙のあと、悟浄がポツリと呟いた。

「えぇ。なんか違う曲になっちゃったみたいでしたね」

 同意する八戒も、どこか呆然とした表情を浮かべている。

「お前、これ、今この場で思いついたのか?」
「あ、ううん。頭の中にずっとあったやつ。音を足したらどうなるかな、って。実際に弾いてみて、ちょっと変えたところもあるけど。やっぱり生で弾いてもらうと違うね。キーボートの音もピアノと違うし、三蔵の歌い方も違ってくるし」

 悟浄の問いに答え、ふと周囲を見回すと、三人が三人とも、奇妙な顔で自分を見ているのに悟空は気づいた。

「ごめんなさい。なんか余計なことをして。別にもとの曲をどうこう言おうってわけでなくて、あの……自己満足、だから。ってゆうか勝手にこんなことして……」

 そこで慌てて、言葉を足す。

「怒っているわけじゃねぇよ」

 微かに笑みを浮かべ、悟空に近づいた三蔵が、くしゃりとその髪をかきまぜる。

「そうそう。どっちかっていうと、逆。凄いな、お前。このまま、《ou topos》に入っちまえば?」
「え? 冗談」

 悟空は目を丸くし、次いで噴き出した。

「いえ。冗談じゃありませんよ。曲を作ることもそうですが、演奏もこれだけの技術を持っているんです。いますぐプロとしてやっていけますよ」
「褒めすぎだよ、それ。にわか作りだから、すぐボロが出るって」

 クスクスと笑いながら、悟空が言う。

「そんなことねぇだろ。な、とりあえずさ、ちょっとやってみねぇ? お試しってことで。ちょうど学園祭があるじゃん」
「あ、そうですね。それはいい考えかもしれません」
「学園祭?」
「そう。ミニライブみたいのを演るんだよ。そこでさ、ちょろっと弾いてみねぇ?」

 悟空は笑いをおさめ、目をぱちくりと見開いた。
 どうやら冗談で言っているのではないと感じ、少し戸惑ったような表情になる。
 そんな悟空に、八戒が苦笑を浮かべた。

「あぁ。本当に冗談で言われていると思ってました? ま、悟浄の言い方じゃ、仕方ないですけどね」
「どういう意味だよ、それ」
「全然、冗談なんかじゃないですよ。いきなり言い出して、思いつきみたいに聞こえるかもしれませんけれどね。あなたの音。それがあって初めて、《ou topos》は《ou topos》になる。さっきの演奏を聞いて、そう感じました。それは僕たち三人、皆が感じたことですよ」

 悟空は八戒を見、それから悟浄、三蔵と視線を動かしていく。
 三人の表情は真剣で、なにも言わなくても八戒の言葉を肯定しているのがわかった。
 悟空は、戸惑ったかのような表情をますます深めた。

「えぇっと、俺、舞台、ダメなんだ。すごいあがり症で。震えてなにも弾けなくなっちゃうから」
「そんなの慣れるって」
「本当にダメなんだ。あ、でも、学園祭でちょっと変わったのがやりたいっていうなら、さっきの、譜面におこすよ。紙と鉛筆ある?」
「今、ここで、さっきのをですか?」
「うん。譜面があれば、このキーボードを貸してくれた人とかに頼めるんじゃない?」

 なんでもないことのように言う悟空に、一同は驚きの表情を浮かべる。

「……頭の中にあったって、言ってましたよね。まさか、譜面を作らずに、さっきのを全部、頭の中で考えていたんですか?」
「えぇっと、弾いてはいたんだけど、まだ譜面におこすような状態じゃなかったから。それに、一緒に演奏できるなんて思ってなかったから、譜面にする必要もないかな、って。あ、そんな適当なのじゃダメだっていうんなら、今のを譜面におこしたあとで見直して……」
「必要ねぇよ。演奏するのがお前じゃなきゃ意味がねぇからな」

 三蔵が口を挟む。

「三蔵……」

 途方にくれた顔で悟空は三蔵を見上げ、それから俯いた。

「……ごめんなさい。本当に、苦手なんだ。知らない人たちの前で演奏するのって……」
「別に出ろと言ってるわけでも、《ou topos》に入れと言ってるわけじゃねぇよ。お前が嫌なら、それでいい」

 三蔵が悟空の頭をもう一度手をやった。
 見上げると優しい表情が目に入り、悟空はほっと安心したかのように息をついた。
 嫌われていない。
 それを確認して。

「おいおい。そんな簡単に諦めちゃっていいわけ? この子が入ったら、ぜってぇいい方向に変わるのに」
「こいつに無理をさせるつもりはない」

 納得がいかないような悟浄に、三蔵がきっぱりと言葉を返す。
 少し険悪な雰囲気が立ち込める。

「あの……ごめんなさい。一緒にやるのが嫌ってわけじゃないんだ。でも……」

 それを感じ取って、おろおろと悟空が口を出す。

「いいんですよ。誰でも、苦手はありますからね。それに、この二人はよく言い合いをするんです。悟空が気にすることはありませんよ」

 にっこりと笑って八戒が言い、それから軽く三蔵と悟浄に睨みを入れる。
 八戒の視線を受けて、三蔵も悟浄もふいっと互いから視線を逸らした。
 どうやら一番怒らせてはいけないのは八戒らしい、とこれでわかった。

「悟空、僕たちとこんな風に一緒に練習するのも嫌ですか?」
「ううん。そんなことない。すごく楽しかった。他の人と一緒でこんな風に楽に弾けるのは初めて」
「そうですか。じゃあ、《ou topos》に入る入らないは別にして、これからも練習に付き合ってくれますか?」
「うん」

 八戒の言葉に、悟空はようやく笑みを浮かべた。