変奏曲〜variation (9)
日々は過ぎて、学園祭当日。
学園祭での《ou topos》の演奏を聴きたいという悟空に、ついでに大学の中も案内しましょうと八戒が提案し、リハーサルの始まる時間まで、三蔵、悟浄、八戒は悟空と一緒に、大学内を見て回っていた。
この日までに何度かあった練習に顔を出し、悟空はすっかり悟浄とも八戒とも馴染んでいた。
相変わらず悟空には一歩引いたところがあり、どうしても自分の事情に他人を踏み込ませようとはしないところがあるが、悟浄も八戒も人との距離を上手く取れる性質だったのが良かったのだろう。二人といるときは、ともすると三蔵が妬くくらい寛いだ表情を見せるようになっていた。
ところで同じバンドに属しているとはいえ、三蔵、悟浄、八戒は、普段は滅多に一緒に行動をしない。三人とも個性が強く、そのうえ揃いも揃って妥協することを良しとしない性格のため、一緒にいたところで疲れるだけなのだ。
だが、それがどうだろう。
悟空がひとり加わっただけで、こうまでも変わる。
四人は和やかに、催し物を冷やかしていた。
「なんか不思議ですね、あの子。ホント、欲しくなっちゃいますね」
はしゃぎながら焼きそばを買いにいく悟空と、しょーがねぇなという感じでついていく悟浄を見送りながら、八戒がしみじみと呟いた。
「あぁ?」
その台詞に、三蔵の眉がつりあがる。
その表情に八戒がクスリと笑みをもらした。
「安心してください。あなたから取り上げようってわけじゃないですよ。ただ、あの子がいると場の雰囲気が和むので。ほら、僕らだけだと辛辣な雰囲気になっちゃうじゃないですか」
音作りに関してとか。
かなり意見が衝突することがある。
良いものを作るには、それはそれで仕方のないこととは思うが、疲れもする。
だが悟空がいると、意見を戦わせたとしても不毛な感じにはならない。何気ないひと言で、その場の雰囲気を変えてしまえる。しかも、それが音楽的に頷けるものだったりするのだ。
「あの子。基礎もしっかりしてますし、かなり高度な音楽教育を受けてますね。趣味でピアノを習っていた、というレベルじゃありません」
たいていの曲は初見で弾きこなせるし、音楽の知識が一介の高校生ではありえないくらいにある。
「三蔵はその辺のところはなにも聞いていませんか?」
八戒の問いかけに、三蔵は無言で答える。
八戒は軽くため息をついた。
「まぁ、たぶん複雑な事情があるんでしょうけれど……。でも、諦めたくないですね、あの子を《ou topos》に入れることを。まぁ、それが叶わなかったとしても、僕たちにはあの子が必要だと思いますよ」
だからよろしくお願いしますね、と言うように八戒がにっこりと笑ったところに、パタパタと足音も軽く悟空が舞い戻ってきた。
「三蔵、ね、半分食べる? 半分こしよう」
満面の笑みを浮かべて、三蔵の隣に並ぶ。
「そうだな」
三蔵は呟く。
たぶん三人のバランスを取るためには、この存在は必要不可欠のものなのだ。
「ホント? じゃあ、あーん」
悟空が三蔵の口元に焼きそばを持っていった。
「バカ、その話じゃねぇ」
三蔵は軽く悟空の額を小突いた。
「痛い。バカじゃないよ。もう」
ぷくっとむくれ、それから悟空は小首をかしげるようにして三蔵を見る。
「食わないの? 少食すぎだよ、三蔵。もう少し食べたほうがいいよ」
「……だれも突っ込まねぇのかよ」
その様子に、ポツリと悟浄が呟いた。
「なに? 悟浄?」
「なに、じゃねぇよ。さっきの『あーん』ってのはなんだ? お前ら、いっつもあんなことしてんのか?」
「してるわけないじゃん」
さらりと否定されて、悟浄の体から力が抜ける。
「なに脱力してるの? それより悟浄、半分手伝って、焼きそば」
「食わせてくれるんなら……って冗談に決まってるだろ」
言った途端に殺気を感じて、悟浄は慌てて否定する。
「悟浄、食べるのは構いませんが、ステージに上がる前にちゃんと口の周りとか歯をチェックしてくださいね。青のりがついてたりすると間抜けですから」
「青のり……」
悟空は呟き、それからぷっと吹き出した。
笑いは八戒や珍しく三蔵にも伝染する。
「おい、こら、お前ら、勝手な想像をしてるんじゃないっ!」
悟浄の叫びが虚しく響きわたった。
□ ■ □
特設会場として設けられた野外ステージ。
客席を窺っていた悟浄が、舞台裏でスタッフと準備をしている八戒、三蔵のもとに戻ってきた。
「もうすぐ出番なんですから、ちょろちょろしないでくださいね」
「わかってるって。だがな」
「なんですか?」
「悟空の姿が見えねぇんだよ。最前列真ん中。特等席を用意してやったっていうのに、そこはずーっと空きっぱなし。あいつ、どっかで迷ってるんじゃねぇのか?」
リハーサルの始まる前に、悟空と別れた。
舞台裏まで来るかと聞いたが、部外者がいると迷惑になるからと悟空は断った。
ひとりでもう少しその辺を見てから行くから。
そう言っていたのだが。
「確かに、構内は広いですけど……って、三蔵、どこに?」
「携帯」
いきなりその場を離れ出した三蔵に八戒が声をかけると、短い答えが返ってきた。
「って、ロッカーまで戻るんですか? 遅れちゃいますよ?」
リハーサルの前に、財布だの携帯だのはロッカーに入れてあった。
「いいんじゃねぇ? 五分もかかんねぇだろ。どうせ、三蔵サマは気になってステージどころじゃねぇだろうし」
クスクス笑って、悟浄がそのあとに続く。その背中に八戒が声をかけた。
「悟浄?」
「見物〜」
「まったく……」
ため息をつきつつ、八戒もその後を追った。