変奏曲〜variation (14)
打ち合わせなどしていなかった。
だが、多少変だと感じても、このオープニングが、最初から決められたものではなかったと気づいた観客はいなかったに違いない。
それほど、悟空のピアノから始まり、歌に引き継ぐまでの流れが自然だった。
そういう演出にしようと決めたのは三蔵で、ピアノの音が自分たちの『月光』に変わったときに言い出した。
悟空のピアノはメロディラインを繰り返して終わるから、その余韻をいかして始めればいい、と。
聞いたことがあるのかと悟浄が問い返せば、ないという返事。
だが、わかると三蔵はきっぱりと答え、結局、その通りになった。
全部で5曲の短いライブは、その後は特にトラブルもなく、予定通りに進み、一度、三蔵たちは舞台からひいた。
「悟空」
三蔵は舞台裏に引っ込むのと同時に、辺りを見回した。
だが、もとめる姿はない。
照明が落ちたときに、ステージから引き返していく悟空とすれ違った。
待っていろ、と囁いておいたはずなのに。
「悟空」
八戒と悟浄も辺りを見回す。
だが、悟空の姿はどこにも見当たらない。
スタッフに聞いても、わからないという。
「おい、三蔵」
アンコールの声のかかるなか、悟浄や八戒の声を無視して、三蔵はどこへともなく飛び出していく。
よくはわからない。
声が聞こえたような気がした。
そして。
その感じが間違っていなかったことが、舞台裏の奥の隅の方で、組んだセットの裏に隠れるようにして座り込んでいる悟空を見つけてわかる。
「悟空」
呼びかけると、肩が大きく震えた。
だがよく見ると、それ以前から、もうカタカタと小刻みに震えていたようだった。
人が大勢いるところで弾くのは苦手。
悟空の言葉を思い出した。
そっと、腕を掴んでセットの裏から引っ張り出し、三蔵は悟空を腕の中にと包み込んだ。
「大丈夫か?」
と声をかければ、青ざめて涙に濡れた顔がこちらを見た。
「三蔵、三蔵、三蔵」
震える声で繰り返し名前を呼び、ぎゅっと抱きついてくる。
緊張するとか、あがるとか。
そういうのを通り越しているだとわかった。
身が竦むくらいの恐怖。
悟空が感じているのはそういう類のもの。
そして、それを押してまで――。
三蔵の手に力が入る。
「悪かった……。もう大丈夫だ」
ゆっくりと落ち着かせるように背中を撫で、あやすように柔らかいキスを髪に落とす。
そうしているうちに、悟空の震えはだんだんと小さくなっていった。
強張っていた体の力も抜けていく。
「三蔵……」
しばらくして、悟空が顔をあげた。
「ありがと。もう大丈夫」
頬に跡は残っていたが、もう涙は流れてはいない。
「アンコール……聞こえる。ごめん。行って」
ふっと離れて行こうとする悟空を、三蔵は引きとめた。
「別にいい」
もう一度、しっかりと腕に抱えなおし、三蔵が言う。
「良くないよ。皆、待ってる。俺なら大丈夫だから行って」
「皆、よりも、お前だろう」
「三蔵」
軽く目を見開き、それから涙が頬に残ったままでふわりと悟空は笑みを浮かべた。
「ありがとう、嬉しい。今はその言葉だけで充分。だから、行って」
「悟空」
「行って。歌って。三蔵の歌声、好きなんだ。でも、さっき、ちゃんと聞けなかった。だから、聞きたい。でも……」
少し背伸びをして、悟空は自分から軽く唇を重ね合わせる。
「でも終わったら、離さないで、ずっと」
反論を許さないような強い瞳で、悟空は三蔵を見る。三蔵はため息をついた。
「わかった。待ってろ」
そして、もう一度軽く唇を重ねると、三蔵はきびすを返した。