優しい手 (3)


ふと目を開けると、目の前に緑が見えた。
濃い草の匂いに、地面に直接寝ているのだ、とわかる。
微かに動いた拍子にふわりと、上に掛けられた白い布がずれた。
一瞬、シーツかと思うが、すぐに法衣だとわかった。

「さ……んぞ……?」

のろのろと悟空は身を起こすが。

「……っ」

足の間を流れ落ちていくものの感覚に、ビクリ、として動きを止めた。
体全体が重く、腰に鈍い痛みを感じる。
そっと辺りを窺うと、そこには誰も――自分以外には誰もいないことがわかった。

今日の三蔵は少し様子が違っていた。
いつもよりも乱暴で性急だった。
そして、なによりもいままでこんな風に放っておかれたことなどなかったのに。

あぁ、と思う。
その時が来てしまったのか、と。

もう飽きてしまって、それで――。

悟空は法衣を引き上げると、小さく丸まるようにして自分を抱きかかえた。

「なにをしているんだ、猿?」

どのくらいそうしていたのか、わからない。
突然、声がかけられた。
あまりに突然すぎて、あまりに意外すぎて、悟空が反応しきれないでいるうちに、ぐいっと腕を掴まれて、頭から被っていた法衣が引っ張られた。

驚いて見つめる視線の先には――三蔵。
その顔に、悟空と同じように驚いたような表情を浮かぶ。

「あ……」

微かな声とともに息を呑んで、悟空は三蔵から隠れるようにパッと顔を伏せた。

「悟空」

悟空は呼び声にビクッと肩を震わし、逃げようとでもいうように三蔵に掴まれている手を振り払おうとするが。

「ったく、バカ猿が」

強い力で引き寄せられた。

「まだ置いてかれるとか、そんなことを考えているのか?」

三蔵の腕のなかに閉じ込められる。
温かな感触に、悟空は息を呑む。
恐る恐る顔をあげると、呆れたような表情でこちらを見ている三蔵と目が合った。

「置いてかねぇよ。水、取りに行ってただけだ」

その言葉に辺りを見てみると、ペットボトルとタオルが地面に転がっているのが見えた。
後始末をするために用意したものだろう。
その事実に、悟空の体から力が抜ける。

「納得したか」

微かに笑みを含んだ声がして、さらに近くにと引き寄せられる。
鼓動が聞こえるほどの近い距離。

この温もりを失うのはまだ先のことなのだ。
だけど。

「悟空?」

訝しげな声がかかる。
悟空は、さらに盛大に零れ落ちてきた涙を拭った。

「ごめん、俺、ちょっとヘンかも」

だが、拭っても拭っても涙は止まらない。

「もう大丈夫だから。後始末、自分でするから、三蔵はもう行って?」

そっと押すようにして、悟空は三蔵から離れる。
三蔵に背を向けて、足元に転がるペットボトルとタオルを拾う。
と。
ふわりと、背後から抱きしめられた。

「なんだ? まだ他になにかあるのか?」

耳元で囁かれる。

「なんの……こと?」
「まだ泣きやまねぇだろうが」
「これは……だから、ちょっとヘンなんだって。すぐ、止まる」

大きく深呼吸をして、悟空は答える。
それから、三蔵の腕に手をかけて外そうとすると。

「素直に言わねぇんなら、体に聞く、という手もあるが」

くるり、と体を反転させられて、手近の木に押しつけられた。
羽織っただけの法衣をするり、とはだけさせられる。
なにが起こっているのかまだ分からずにいるうちに、三蔵の手が内腿を撫でるように滑っていく。

「三蔵っ」

驚いて声をあげるのと同時に、膝の裏に手がかかり片足を持ち上げられるような格好になる。

「やっ、三蔵っ」

無防備に晒されて、羞恥のために悟空の頬に朱の色が走った。

「やめて、やだっ」
「そんなに嫌がっているようには見えんが」

抵抗しようとするのを、体で抑えつけられた。
クスリ、という笑い声とともに、三蔵の手が伸びてくる。

「嫌だっ、三蔵っ、三蔵っ!」

嫌だ、と訴えているのに。
どうして――。

「……っ!」

触れられた途端に、悟空は体を跳ねあげた。
嫌だと思っているのに、反応してしまう体。
絡みついてくる指に。

「やあぁぁぁっ」

悟空は悲鳴じみた声をあげた。