旋律〜melody(5)


《ou topos》がラジオ番組を途中退席してしまった件については、番組プロデューサーからなにやら事務所に抗議があったようだ。
が、番組の最後の方だったし、パーソナリティの話の振り方にも問題があったのではないかということで、結局どっちもどっちということでケリがついたようだ。

映画サイドは沈黙を保っていた。
特に降板という話は持ち上がっていない。
いまのところ、多少危うい面もあるが、かえって宣伝になると思っているのだろう。

といっても、事務所の上の方が、しばらくそういったメディアへの露出は控えさせると決めたようで、その後いくつか雑誌の取材の話もあったのだが、いつの間にか立ち消えていた。
ライブもひとくぎりついており、にわかに《ou topos》の活動は小休止状態となってしまった。

普通であればそういうときでも集まって練習くらいはあるのだが、だれもが苛立っているようなそんな雰囲気ではやっても無駄だろうという結論に達し、しばらくの間、各々が好きなことをすることにして、離れることにした。

別に珍しいことではない。

同じバンドのメンバーだからといって、四六時中一緒にいなければいけないことはないのだから。
そもそも、譲る、ということがあまりできない面々だ。
だから意見の食い違いがあると、かなり険悪なムードになるときがある。

そういうときは、一度距離を置く。
そういうのは、よくあることだった。

――悟空が三蔵にくっついて来るようになる前は。

悟空が練習に来るようになってからは、なんのかんのと和やかに四人で過ごしていた。
意見のぶつかり合いが無くなったわけではないが、間に悟空が入ると不思議とその場の空気が穏やかになる。
自分の意見とは違った見方ができるようになる。
そして本当に不思議なことだが、建設的な方向にと話が進んでいく。
特に悟空がそう仕向けているわけでもないのに。

そのせいもあって、他ふたりもなんのかんのと悟空に構い、結果、四人でいる時間が長くなった。
正直にいって、三蔵にとっては他のふたりはいささか邪魔だ。
が、それでも悟空がよく笑うようになっていたので、練習にはできるだけ一緒に連れて行っていた。

あの笑顔が見られるのならば。

そう思って。

――だが、いまは。

こうしていても仕方がないことはわかっている。

取り戻す。

意志だけでは――それがどんなに強いものであっても、どうにもならないこともわかっている。

もう少し踏み込んだ行動を起こさなければならないのかもしれない。
例えば、興信所などを使えば、もしかしたら悟空がどこにいるのか、ある程度調べられるのかもしれない。
だが、その調査の段階で、悟空が言わなかったこともわかってしまうかもしれない。

それ自体が怖いというのではない。

それを本人の口から聞くのではなく、無理やり暴いて良いのだろうか、という迷いがあった。
しかし、もうそんなことを言っていられる状態ではないだろう。
それに、悟浄が兄のツテで、もう悟空の言わなかったことのいろいろが耳に入っている。

迷っている場合ではないのかもしれない。

こうしている間にも、どんどんと遠ざかって行ってしまうような――そんな感じがする。

グッと拳を握りしめ、決意を固めて三蔵が立ち上がったとき。

トントン、と扉がノックされた。
応えると、光明が顔を覗かせた。

久し振りに実家に帰ってきていたのだ。悟空が残していったものに、なにか手がかりがないかを探しに。
といっても、悟空が消えてからもう何度も何度もここにはきている。
悟空が使っていた部屋は綺麗に片付いていて、なにも残ってはいないことも知ってはいる。
だがどうしても来ては探してしまう。

なにもないとわかっていても――。


「ちょっと良いですか?」


穏やかな声がかかり、三蔵はともすれば自分の内に入り込んでしまいそうになる意識を光明に向けた。


「えぇ、なんですか?」

「お遣いを頼まれてほしいのですよ。いま、暇でしょう?」

「暇……というか」


せっかく決心をつけたのだから、興信所のことを調べてしまいたいと思うが、ふと見ると光明はもうなにか包みを抱えている。
どうやらすでに頼む気満々らしい。
三蔵は微かに溜息をついた。


「そちらを届ければ良いのですか?」

「えぇ。そして代わりにいただいてきてほしいものがあるのです。先方にはお話しておきますので」

「わかりました」


三蔵は光明から包みを受け取った。
と、光明が手を伸ばしてきて、そっと三蔵の額に触れた。撫でるようなそんな仕草をする。


「お養父さん?」


そんな風に撫でられるのはいつぐらい振りだろう。というか、そんな仕草も忘れていた。
小さな頃にこんな風に撫でられることがあった。

不当に扱われて内心面白くない思いをしているときとか、気が塞いでいるときとかそういうときに。
特に慰めの言葉がかかるわけではないが、心を向けてくれているのはわかるので、少しほっとする。
なんだかそんな気持ちまで思い出した。


「あなた、ヒドイ顔をしてますよ。自分で気づいてます?」


その問いに、無言になってしまう。

このところよく眠っていない、という自覚はあった。
もともと眠りは浅く、少ない方だったのが。

腕のなかに抱きこんだあの温もりが、心地良く眠らせてくれることを知ってしまったからかもしれない。

心に渦巻くさまざまな想いと相まって、余計に寝つきが悪くなったような気がする。


「――奇跡、かと思ったのですよ」


手を止めて、突然、光明がそんなことを言い出す。
いつも通りの笑みを浮かべているが、なんとなく――様子が違うような気がする。
三蔵は怪訝そうな表情で光明を見つめる。


「あなたたちが出会ったことを、そう思いました。だから――大丈夫ですよ。また会えます。きっと」

「お養父さん」


こんな運命論めいたことを言う人ではなかった。だから違和感を覚える。
が、どうしてそんなことを言い出したのかを問いかけるのも躊躇われ――。

だが、ふんわりとした笑顔を見ているうちに、いままで焦るばかりだったのが、ほんの少しだけ大丈夫、のような気持ちもわいてきた。
どれだけ余裕がない状態だったのか、自覚する。

ふっと息を吐き出して、三蔵は光明を改めて見つめる。
少しだけ心が軽くなったような、そんな気がした。