旋律〜melody(8)
観音は三蔵が差し出した袋を受け取り、なかを軽く確かめ出した。
と、しばらくして、先程の初老の男性が入ってきた。
カチャと微かな音がして、三蔵の前に繊細なカップが置かれ、そこに香り高い紅茶が注がれた。
一通り、テーブルにお茶をセットして男性が下がると、観音が話しかけてきた。
「久し振りだな。正月以来か。少し痩せたか?」
「……そんなことはねぇよ」
「そうか」
どちらも相手に気を使って話そうというタイプではないから、そこで会話は途切れてしまう。
が、互いの性格を知っているからか、別に静まり返っているのは気にはならない。
三蔵はカップに手を伸ばして、紅茶に口をつける。
観音は相変わらず袋の中身を見ている。
そうやってしばらく沈黙が続いていたが。
「とりあえずこれは受け取った」
紙袋を横に置いて、観音が言う。
「が、これに対して返答をしなくてはならん。お前、一週間くらいここに滞在しろ」
「あ?」
突然の言葉に三蔵は眉を顰める。
「ちょっと時間がかかるんだよ」
「ふざけんな。いきなりそんなことを言われて、『はい。そうですか』ってわけにいくか。だいたいそんなに時間がかかるんなら、また受け取りにくればいいだろ」
「光明がな、お前をここで少し休ませてくれ、と言ってきているが」
「なんだと?」
そんな話はまったく聞いていない。
「都会にいるといろいろと雑音が入ってきて、お前が休む間もないからと」
三蔵は眉根を寄せたまま、少し複雑な表情を作る。
心配してくれているのはわかるが、ここで無為に時間を潰すわけにはいかない。
「悪いが、養父の頼みでもそれは聞けない」
カタン、と音をたてて椅子を引き、三蔵は立ちあがる。
「養父には俺から話して、怒られておく」
「待て。気が短いやつだな」
クスリ、と艶やかな赤い唇が笑みを形作る。
「お前、人を探しているのだろう? それに玄奘家の力が使えるとは思わないか?」
「なに?」
早々に部屋を出て行こうとしていた三蔵の足が止まる。
「ウチも手広く商売をしてるからな。『人』の調査を外部に頼むことがある。お前がどうやって調べようとしていたのか、どこに頼むつもりだったかは知らんが、そういう調査関係で使えそうなトコのアテならいくらでもあるってことだ。姿をくらました奴の行方を追ってもらったこともあるぞ」
観音が人の悪そうな笑みを浮かべる。
その姿をくらました人間が、どういう理由からそうしたのか、見つかったあとどうなったのか。
すすんで聞く話ではないな、と三蔵は思う。
だがそれはさておき、悟空の行方を調べるにあたって、別にどこという当てがあったわけではない。
玄奘家が使っている探偵社か調査会社なら、それはかなり信用できるのではないだろうか。
三蔵は立ち止まったままで考える。
玄奘家の力を借りるなど、できれば一生したくないことではあったが、だがそんな拘りは小さなことだ。
「それはその会社に繋いでくれる、ということだな?」
「お前が望めば、な」
「わかった」
三蔵は椅子に座りなおした。
「で、そっちの望みは?」
ギブ・アンド・テイク。
それが観音の基本的な考え方だったはずだ。
「別にねぇよ」
だがそう返ってきて、三蔵の眉間の皺が深くなる。その様子に、観音はまたクスリと笑った。
「強いて言うなら、光明の言う通り少しここで休め。お前、自分で気づいてねぇようだが、顔色、悪ぃぞ。それにな、ここにいれば調査結果がいち早く届く。俺もしばらくここに滞在する予定だしな」
観音は紅茶を手にして、その香りを楽しむようにカップを顔に近づけた。
「果報は寝て待てという言葉もあるだろう。ここでのんびりと待ってる方がお前にとっては良いことかもしれないぞ」
その言葉には同意できなかったが、調査の間は特にすることもないかもしれない。
三蔵は不本意そうな表情を隠そうともせず、カップに手を伸ばした。