旋律〜melody(9)
夕方近く。少し日が傾きつつあるなか、悟空はバイト先の雑貨店に向かっていた。通用口の扉を開けたところで。
「あぁ。良かった」
店の女主人が待ち構えていた。
「あの……?」
事情がつかめず、混乱しているところ、ぐいっと腕を引かれ強引になかに連れ込まれる。女性は外をきょろきょろと見回して、バタンと扉を閉めた。
「なんかさっきね、ヘンな二人組が来て。あんたのことをいろいろと聞き出そうとしてね」
悟空は息を呑む。さっと顔が青ざめた。
「あぁ、大丈夫。人違いじゃないかって適当に誤魔化しといたから。でもこの辺でいろいろ聞き込みみたいのをしてるらしいんだよ。昔からここにいる人達はね、あんたどころか、あんたのお母さんだってちっちゃい頃から知ってるから、皆、なにも言わないだろうけど――」
そこで女性の言葉は途切れ、沈痛な表情が浮かんだ。
「本当にね、あんなことになる前に――ちゃんと話を聞いてあげれば良かった」
「おばさん……」
「ごめんね。あんたにとっては、そんなことをいまさら言っても、だよね」
女性はサラッと悟空の髪を撫でるようにする。
「それはさておき、口が堅い人達ばかりがいるわけじゃない。とりあえず今日はいいから帰りなさい。さっきの二人組がまだいるかもしれないから、気をつけてね。ひとりは長い髪を後ろで縛ってて、もう一人は茶髪で。カメラとかちょっと大きな荷物を持ってるからすぐわかると思うけど」
女性は今度は背中を押して、悟空を外に出そうとする。
「でも、店は……」
「そんなことはいいから。どうとでもなるから。とりあえず1週間くらいは休んでいいから。それにこれ」
悟空になにかが入った白いレジ袋を渡す。
「今日の夕飯にでもしなさい。他になにか足りないものがあったらこっそり届けてあげるから、電話するんだよ」
「ありがとうございます」
なんだか胸がいっぱいになって、悟空はそれだけをようやく言葉にする。
「気にしなくていいよ。だいたい、あたしが心配しすぎてるだけかもしれないしね」
にっこり笑って女性は悟空の肩をぽんぽんと叩く。
「なにかあったら電話しなさいよ」
「はい」
悟空はとりあえず笑みを浮かべてみせた。