旋律〜melody(10)
一応、気をつけながら、雑貨店から家までの道を歩いて戻った。
特に怪しげな人とはすれ違わなかったし、変わったこともなかった。
ここは都内からは少し離れているし、もう帰ったのかもしれない、と淡い期待をしていたのだが。
この角を曲がればあと少しで家、というところで、角の先に二人組の男性が見えた。
ドキン、と悟空の心臓が跳ねあがる。
そっと後ずさり、曲がり角に身を潜めて様子を窺う。
二人組は悟空の家の前にいて、家を振り仰ぐように見ている。
関係ない人達かも、という願望は、そのうちのひとりが呼び鈴に手を伸ばしたところで消えた。
長髪、それに茶髪。
雑貨店の女主人が見たという風貌によく似ている。たぶんどこかの記者とカメラマンだろう。
この間、店で流れていたラジオであのドラマが映画化されると言っていた。
主題歌を歌うのが《ou topos》だと。
悟空は身を転じると、壁に背を預けるようにして軽く目を閉じた。
どこまで迷惑をかけるのだろう。
いまはまったく繋がりを切ってしまったと言ったところで、あの曲を作ったのは悟空だ。
その事実は変えられない。
ずっとつきまとう。
どうしてあのとき、引き受けてしまったのだろう。
ただピアノが弾ける。
それだけのために――。
そしてなにより、あの人がそばにいてくれるから――そんな自分勝手な満足のために。
泣きたいような気持になるが、いまここで泣いたところでなにが変わるわけでもない。
大きく息をついて、もう一度様子を窺う。
二人組はまだ家の前にいて、当分そこを動く気はないようだ。
悟空は不自然ではないように、曲がり角を曲がらずそのまままっすぐに進む。
背中がチリチリとしたが、ふたりがこちらを見て追いかけてくるような気配はない。
ずっと進んだところで別の角をまがり、そっと後ろを窺ってみたが、誰もついてきてはいない。
ほっと一息つくが、これからどうしよう、とも思う。
まさか一晩中、家の前にあの二人組がいるとは思えないが――。
とりあえず当てもなく歩いていると、ふと目の前が開けた。
海を見下ろせる公園がそこにあった。
そういえば家の近くにこの公園があったことを、いま初めて悟空は思い出した。
小さな頃はよく通っていたはずなのだが、本当にいまのいままで忘れていた。
悟空は公園にと足を踏み入れた。
もうじき日が暮れる。
そんな時間帯だからだろうか。公園のなかにはあまり人がいない。
今日は平日だし……とも思うが、悟空が小さな頃は日が暮れるまで公園で遊んでいたものだ。
いまの子供たちはそんなことはしないのだろうか。
その辺のベンチに腰をおろして、公園を見回す。
特殊な遊び道具があるというわけでもない普通の公園だ。それなのに毎日毎日、飽きもせず遊んでいた。
いま思うとちょっと不思議だが、まぁ、公園で遊ぶのは遊具で遊ぶだけがすべてではないし。
鬼ごっことか、かくれんぼとか。
大勢で、そんなこともしていた。
そういえば、ひとりすごく仲の良い子がいた――んだけど。
そんなことを考えているうちに、ふと心の中に面影が浮かんでくるが、それを捕える前に消えてしまう。
遠い昔すぎて、覚えていない。でも懐かしい気持ちだけが残っている。
あの頃は毎日が楽しくて幸せで。
いや、子供心にも小さな不幸はあったが、でもいま思えばとても幸せだった頃。
悟空はふっと溜息をついて立ち上がった。
公園の真ん中にある滑り台に向かう。
滑り台は普通の滑り台ではなく、小さな山に滑り台がくっついているような形をしている。
山の下の部分はトンネルになっていて、通り抜けができるようなっていた。
真ん中が広く円形になっていて、子供の頃はそこを秘密基地に見立てていた。
もう小さい子供ではない自分がこんなところに入っていくって変に見えるかな、と悟空は辺りを見回すが、もう日もすっかり暮れてしまった公園にはだれもいない。
ならいいか、となかに入っていった。
暗いせいもあってなんだかドキドキする。
手探りで進んで行って、真ん中に行きついた。
公園には電灯があって、もう灯りはついていて、その灯りが入ってくるから完全に暗闇というわけではない。
暗さに慣れてくると、周囲の様子もわかるようになってきた。
もっと広いと思っていたが――子供の視線だったからだろう。
悟空はそこに座り込んで膝を抱えた。
それから、膝のうえに頭を落とした。
波の音が聞こえる。
寄せて、返す波の音。
繰り返し繰り返し繰り返し――。
辺りが静まり返っているせいか、その音は妙に大きく、耳に残るように響く。
悟空は両手で耳を塞いだ。
――この音はキライだ。
唇を噛みしめ、ぎゅっと身を固くして、悟空はさらに小さく丸まった。