旋律〜melody(11)


どのくらいそうやって小さく丸まっていたのか、わからない。少し寒くて、ふるっと震えた。どうやらうたた寝をしてしまっていたようだ。


「さむ……」


思わず声に出し、悟空は自分の腕に手を回し、自分を抱きしめるようにする。それから、いま何時だろう、とポケットから時計を取り出した。
夜の8時を回ったところで、思ったよりも時間がたっていた。

いくらなんでももうあの二人組はいないだろう。

そう思って、そろそろと滑り台の下から這い出す。少し体が固まってしまったようだ。うーんと伸びをしてから、公園を後にし、家へと向かう。
なんだか頭の芯がぼーっとする。風邪のひきはじめの症状みたいだ。あんなところでうたた寝をしてしまったせいだろうか。
だが。
うたた寝をしていたときに、変な夢を見ていたような気がする。

もうなにも思い出せないが、たぶん小さな頃の夢。
あの公園で遊んでいた……ような。だれかと一緒に――。

だが、夢の記憶は儚い泡にも似て、掴もうとするそばから消えていく。

ふぅ、と悟空は溜息をついた。
考えても思い出せるものではない。それよりも、もうすぐ家だ。
さきほどと同じように今度は逆の角から覗いてみる。
案の定、もう二人組はいなかった。見える範囲で辺りをそっと伺ってみるが、人影はどこにもない。

少し安心するが、用心して裏口の方に回る。
こちらは細い路地で、隠れるところなどないのでだれかいればすぐにわかる。
一応、辺りを見回してから路地に入り、足早に家のなかにと滑り込む。
ほぉっと息をついたとき。

突然、家のなかの電話が鳴った。

ビクッと悟空は動きを止める。
1回、2回、3回……心臓の鼓動が早く、大きくなる。それが耳に聞こえてくるようだ。
悟空はただ息をつめ、じっと固まったまま、無意識のうちに頭のなかで呼び出し音を数える。
10回、11回……。そこで電話の呼び出し音が途切れた。

突然、音がなくなったからか、余計にしんと静まり返っているのが際立つ。
ピンと空気が張りつめたように、なにの音もしない――いや、微かに海鳴りがしている。


「……っ」


悟空は耳を塞いで、その場にしゃがみ込んだ。
心臓が痛いくらいにドキドキとしている。緊張しすぎているのか、吐き気がしてきた。

が。
ゆっくりと悟空は息を吐き出した。

――大丈夫。

大丈夫。
ちゃんと確かめた。
どこにもだれもいなかった。
さっきのタイミングで電話がなったのは偶然だ。

のろのろと立ち上がる。

今日はもうこのまま寝てしまおう。

悟空は靴を脱いで裏口から家のなかにあがる。
今日は夕方からバイトで、帰ってくるのが遅いつもりだったから、もうカーテンも引いて、雨戸も閉めて、戸締まりは万全にしてあった。
だから家のなかは暗かったが、暗くても自分の家だ。どこになにがあるかわかる。

悟空は電気もつけずに居間を横切り、二階にあがろうとするが、途中でふと気づいて玄関の近くに置いてある電話をとりあげると、後ろのモジュラージャックを引き抜いた。
これで電話の音は聞こえない。

この家の電話は解約せずにそのままにしてあるというだけで、基本的にここにかけてくる人間はいない。
いや、正確に言えば、悟空は携帯を持っていないので、さきほどのバイト先の奥さんとか親戚のうちのだれかがかけてこないとも限らないが、今日の夜にかかってくることはないだろう。
そして、さっきの電話はかけてくる可能性のある人達からではないだろう。
どこでとう調べたのかわからないが――この家の電話番号は電話帳には載せていないのだが、さきほどのは、きっとあの二人組の記者からだ。

悟空はぶんぶんと頭を振った。
いまはそんなことを考えて、心配していても始まらない。

――携帯。

ふと、そのことに意識がいった。無意識のうちに右手が携帯を握るように動く。

あのとき壊されてしまって、それきりになってしまったが、もし壊れていなかったら――。
あの携帯にはどうしても、とお願いして一緒に映ってもらった写真があった。
三蔵の。
それがあったら――。

グッと悟空は唇を噛みしめた。

そうでもしないと名前を呼んでしまいそうだ。
こんなときに名前を呼んでしまったら――。

きっとダメになる。もうひとりでは立っていられなくなる。

掌に爪が食い込むほど強く手を握りしめて、悟空は二階へとあがっていった。