旋律〜melody(12)


朝。


ふと目を覚ました三蔵は、一瞬、自分がどこにいるのか、わからずに辺りを見回した。
が、すぐに昨日やってきた観音の家だとわかる。
家というか、別宅か。本家は都内の一等地にある。正月、挨拶に行くのはそちらだ。

携帯に手を伸ばすと、朝の五時半を回ったところで、まだまだ早い時間だった。
いつもならばもうひと眠りするところだ。
が、今日はなんとなく寝ていられないような気分で起き上がると、カーテンを引いて窓の外を見た。

人気のない海岸が家々の間から見えた。
朝の光に照らされて、キラキラと海面が輝いている。
三蔵はしばらくその光景は見ていたが、やがて手早く着替えると、あてがわれた部屋から階下へと降りていった。

昨日はここについたのが午後も遅い時間だったので、調査会社との面談は今日の午前中に行うことになった。
向こうから人がやってくるので午前中といってもお昼に近い時間だ。
それならば自分が出向くと言ったのだが、お前はここにいろと観音に言われた。

理由を聞いたが、はぐらかされてしまった。
なにか自分の知らないことが裏にあるような気がして、苛立ちを隠しきれずに詰め寄ったが、結果は同じだった。
そのときのことを思い出し、三蔵は不機嫌そうな顔で階段を降りきると、玄関に向かおうとした。


「三蔵さま、どちらへ?」


と、後ろから声をかけられた。振り返ると、観音につき従っていた初老の男性が佇んでいた。


「その辺を少し散歩してくる」

「かしこまりました。あの……」

「なんだ?」

「観音さまはだいたい七時くらいに朝食を召し上がられますが、三蔵さまはいかがなさいますか?」

「同じでいい。その頃までには戻る」

「はい。いってらっしゃいませ」


丁寧に頭を下げられる。
こんな青二才に、と心のなかで思っているのかもしれないが、態度には微塵も出さない。
まぁ、それくらいでなければ観音につき従うことはできないかもしれないが。

三蔵は外に出ると辺りを見回した。
二階からは海が見えたが、地上からは建物が邪魔をして海は見えない。
が、方向はわかるし、行って帰ってくる時間くらいあるだろう、とぶらぶらと歩き出す。

波の音が遠くに聞こえる。

それを聞くともなしに聞きながら歩いていると、なんだか不思議な心持ちになっていく。
まだ夢のなかにいるような、そんな感じ。

ふわふわと思考が定まらず、流れていくような――。

ふと自分がそんなことを考えていることに気づき、三蔵は足を止めた。
なにを馬鹿なことを、と思う。まだ寝ぼけているのだろうか。

軽く頭を振って周囲を見回すと、少し道をくだったところに公園があるのが見えた。
その向こうに海が見える。
自然とその公園に足が向く。
入口に立ったとき、ぐらり、と視界が傾くようなそんな気がした。

……なんだ? と思う。
昨日、ここの最寄りの駅についたときと同じ感覚だ。
いま見えているこの光景に、なにかが重なってみえるような。

それはまるで昔の――。

三蔵の記憶のなかにある景色。

だが――。

眉間に皺を刻み、三蔵は公園のなかにと入っていく。

だが、そんな記憶は――見覚えのある光景のような気がするのに、ここに来たのだという記憶はまったくない。
それともただ忘れてしまっているだけ、なのだろうか――。

三蔵は公園の中心の小さな山のところに行きついた。
上に登れるようにところどころに突起がついていて、滑り台が設置されている。
下の部分は潜り抜けられるよう、穴が開いている。
それを見るともなしに見ていると。

――ここは秘密基地なんだぞ。

不意にそんな声が聞こえたような気がした。
幼い声。
なんだ? と思うが、だが。

覚えていない。思い出せない――。

三蔵は眉間に皺を寄せ、人気のない公園でいつまでも立ちつくしていた。