旋律〜melody(14)
朝食から調査会社の人間がくるまでの間、三蔵は自分にあてがわれた部屋でぼんやりと過ごしていた。
ぼんやりと……というか、考えすぎて、なにがなんだかわからなくなっていた。
なにか忘れているのではないか、と思う。
いまのいままで忘れていたことさえ忘れていたようななにか。
だが、それが本当だとして。
その『忘れていたことさえ忘れていたなにか』は、いま思い出さなくてはならないほどのことなのだろうか。
すっかり疲れきってしまった頭でさらに考える。
いままでそれがなくても普通に暮らしてきた。
特に不自由だったことはない。
だったら、それは思うほど大切なものではない――のではないだろうか。
そう思う。
そうは思うのだが。
なんとなく胸がむかつく。焼けつくような、そんな焦燥感を覚える。
が。
いまは悟空のことだ。
そっちの方が優先だし、焦る気持ちもそっちの方が上だ。
軽く頭を振って、三蔵は立ち上がった。
階下が少し騒がしい。調査会社の人間が来たのだろう。
三蔵は呼ばれる前に階下へと降りていった。
昼食を挟み、調査会社との面談はかなりの時間が費やされた。
悟空について知っていることをできるだけ詳しく話した。
父親のことについては、友人の兄が新聞社に勤めておりそこで調べてもらった、と言うとその人からも話を聞きたいと言われ、悟浄に電話をしてアポを取ってもらうことになった。
ついでに悟浄や八戒からも話を聞きたいということで、そちらも都合をつける。
結局、話が終わって調査員が帰っていったのは、もう夕方近くになっていた。
ぐったりと疲れ、三蔵はソファに背を委ねる。
そこに観音が入ってきた。
「大丈夫か、お前」
「平気だ」
三蔵は短く答えると、立ち上がった。
「明日は一旦、向こうに戻る。あいつらに話を聞くって言ってたからな。またここに戻ってくるのなら良いだろ?」
「お前も同席すると?」
「当たり前だろう」
なぜそんなことを聞くんだ?
言葉に出さずとも、そんな雰囲気が伝わる様子で三蔵が問いかけると、観音は溜息をついた。
「お前、チビの頃からあんま変わんねぇな」
「あ?」
「なんでもひとりで背負いこもうとする」
観音はそこでもう一度溜息をついた。
「あのな。今日、ここに呼んだ連中はプロだ。こういうのは、プロに任せておいた方がいい。素人が下手に口を出す問題じゃない。それにな。お前が一緒に話を聞いてるんじゃ、友人どもも話しにくいだろう」
「どういう意味だ?」
「光明から少し聞いただけだが……。少年が失踪した原因は十中八、九、過去の事件に負い目を感じてのことだろう。だが、探すにあたってはそれが原因だと決めつけるわけにはいかない。もしかしたら現在の人間関係によるものかもしれない。というか、普通の失踪事件はそうであることのが多い。だとすると、いまの人間関係も洗っておいた方がいい。しかもいろんな角度から。別の人間の目を通すと違って見えることもあるからな。だが、お前がいたんじゃ、正直に話せないこともあるかもしれねぇってことだ」
三蔵は眉間に皺を寄せて黙り込む。
「それにな、いくら消えると言ったって、人間そうそう、まったく縁もゆかりもない見知らぬ土地に行ったりはしないもんだ。ましてやまだ子供だ。意外にひょっこりと友達のところに――近くにいたりするもんらしいぞ」
「……それは調査会社からの受け売りか?」
「そうだ」
三蔵の問いにあっさりと観音は答える。
「だが、あいつは悟浄や八戒んトコにはいねぇよ」
悟空に、自分以上に信頼を寄せる人間がいたとは考えられない。そんな揺るぎない自信を持って三蔵が言う。
「そうかもな」
静かに観音が言う。
しばらく沈黙が降りるが。
「……俺はここに来たことがあるのか?」
唐突に三蔵はその質問を口に乗せた。
朝からずっと気になっていたことだった。
そんな記憶はない――のだが。
――ここは秘密基地なんだぞ。
その『声』が。
悟空のものではないか、と思うのだ。
思うそばから、ありえない――そうも思うのだが。
あんな特徴的な金色の瞳。
一度でも会っていれば、絶対に忘れない。
だが――。
記憶と感覚、理性と感情。
そんなものがすべて入り混じり、考えれば考えるほどわからなくなっていく。
思考の迷路に陥ってしまう。
なんだか真っ暗な場所にいるようだ。手探りをしてもまるで反応がないような――。
「それの答えは自分で見つけなければ意味がない、な……」
自分の思考に入り込んでしまっていたところ、観音の声が聞こえてきた。
はっ、と三蔵が顔をあげると、観音は部屋から出て行くところだった。
「待て。それはどういう――」
答えはなく、扉が静かに閉まる。
だが、いまのは――観音のあの答えでは、ほとんど認めているようなものではないだろうか。
どこかで。
もしかしたらここで。
自分は悟空と会ってるのではないだろうか。
そして、その答えは自分で見つけなければ――。
三蔵はさらに眉間の皺を深くすると、ドサリとソファの背もたれに身を預けた。
――悟空。
と、ただそれだけを強く想って。