旋律〜melody(17)
波音が煩い。
ひどく癇に障る。
ここに来てからいままで、そんなことを思ったことはなかったのだが、今夜はなぜかそう感じる。
三蔵はほとんど手をつけなかった夕食のあと、闇に沈む海岸線を苛々と歩いていた。
ずっといろいろと考えていた。
考えてもわからないことを。
静かにゆっくりと自分のなかの奥深い場所を探るようにもしてみた。
瞑想をするかのように。
ゆっくりと記憶の奥深くへと沈み込むイメージで、忘れていると思っていることを引っ張り出そうとしてみた。
だが、なんにもならなかった。徒労に終わった。
なにかがあることは確かなのにそれを掴むことができない。
ザッと三蔵はその辺の砂を蹴りあげた。
観音も。
そして、たぶん光明も。
知っているならば教えてくれればいい、と思う。
なにもこんなまどろっこしいことをしないで。
八つ当たり気味にもう一度、砂を蹴りあげようとして。
ふと三蔵は、遠くに小さな影があるのに気がついた。
波の音がひどく近くに聞こえる。
呼んでるようだ、とぼんやりと悟空は思った。
暗い、暗い海。
あのときと同じ。
――花火、するの?
不意に無邪気に問いかけたことを思い出した。
夜の海岸なんて、花火をするときくらいしか行ったことがなかったから。
でもお母さんは答えなくて、ただずっと歩いていって。
海へ向かって、ただひたすら歩いていって。
びっくりして、その腕をひっぱった。
――お母さん! お母さん! どこに行くの?!
それでも止まってくれなくて。
――お母さん!
言葉もなくただただ引っ張られて、わけがわからなくて、じわじわと恐怖が心にしみ込んでくる。
――お母さんっ!!
何度目かに必死に声の限りに叫んだ呼びかけに、ようやく足を止めてくれた。
ほとんど泣かんばかりになっていたところ、お母さんがゆっくりと振り返って、にっこりと笑った。
――お父さんのところに行こうね。
笑っているのに、泣いてるようだと思った。
すごく怖くなった。
それで――。
「ごめんなさい」
声に出して悟空は呟く。さっきから頭のなかで何度も繰り返している言葉を。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
お母さんがどうしたかったのか、まったくわかっていなかった。
子供には難しすぎた。
だけど、怖かったから。
すごくすごく怖くかったから――。
嫌だ、と泣いた。
暴れた。
手を――振り払った。
あのときのお母さんの顔――。
驚き、哀しみ、そして――たぶん失望。
一瞬、こちらを見て。
そして、そのまま興味を失ったかのようにただひとりだけで――。
「待って」
その後ろ姿が遠くに見える。
「待って、お母さんっ! 一緒に行くからっ。ついて行くからっ、だからっ!」
その姿を追って、悟空は駆け出した。
「連れて行って!」
波音に負けぬよう声を張りあげて。