旋律〜melody(20)



しばらくふたりは浜辺で抱き合ったまま休んでいたが、全身ずぶ濡れで冬の寒風に吹かれていては体温を奪われていってしまう。
まだ重い体に鞭打って、三蔵は立ちあがると悟空も引き起こした。
カタカタと小さく震えている体を抱き寄せて、支えるようにして歩き出す。
一瞬、悟空がなにか言いたそうにしたが目で黙らせて、観音の家まで連れ帰った。

濡れ鼠のようなふたりの姿に、さすがの観音も驚いたようだが、『風呂に入ってくる』という三蔵の言葉に、無言のままふたりをなかに通した。

この家は二階にもゲスト用のバスルームがあった。
三蔵はそこに悟空を連れていくと、勢いよくお湯を出してバスタブに溜める。それから振り向いて、脱衣所でどうしたら良いのかという風情で立ちすくんでいる悟空をなかに引っ張りこんだ。
服に手をかけて脱がそうとすると、悟空がびっくりしたように一歩後ろに下がった。
頬に朱の色が散っている。
どうやら恥ずかしがっているらしい。


「いまさらだろ」


三蔵は呟くと、強引に悟空を引き寄せた。
そして腕に閉じ込めて、あらためてその顔を見つめる。

幼さをまだ残すこの顔。
どうして忘れていられたのか、と思う。

ゆっくりと顔を近づけて、唇を摘み取るように軽くキスをする。
悟空の肩が震え、微かな吐息が漏れる。
それに誘われるように、もっと深いキスをしようとしたところで。

グッと押し戻された。

意表を突かれ、三蔵は軽く目を見張る。
が、滅多に見られないそんな驚きの表情を、俯いてしまった悟空が見ることはなかった。
ぱたぱたと涙が足元に落ちていく。


「ごめんなさい……」


小さく小さく悟空が呟く。


「ごめんなさい、迷惑かけて……。俺、もう三蔵のそばには……いられないの、ちゃんとわかってる、から」


震えているのは、嗚咽を堪えようとしているのもあるのだろう。
そんな悟空を見下ろして。


「ったく、なにを言い出すかと思えば」


はぁ、と三蔵は大きく溜息をついた。


「確かにな、迷惑、なんだよ」


迷惑、というところをはっきりと発音すると、ビクッと悟空が全身を震わせた。
泣き声は聞こえないが、ぱたぱたと落ちる涙の量が増える。
そんな悟空に、三蔵はもう一度溜息をついた。


「……ホントにお前は。そんな風に泣くんなら、自分から迷惑だなんて言うなよ」


それから包み込むようにもう一度、悟空を抱きしめた。


「さ、さんぞ……っ」


悟空は、驚いたように身を捩って逃げ出そうとするが、構わずに抱きしめ続ける。


「な……で……? だって……迷惑……っ」


どうしたら良いのかわからない、とでもいうように、悟空が子供のようにしゃくりをあげはじめる。


「あぁ。確かに迷惑だ。勝手に消えられたら、そりゃ迷惑だろうが」


宥めるように背中を撫でながら三蔵がそう言うと、悟空がぱっと顔をあげた。
信じられない、というような表情を浮かべている。


「でも……だって、三蔵は……」


そこで、ふっ、と悟空の視線が下を向く。


「父さんのこと……知ってるんだろ? あんな……ことがあって、それでも傍にいられるなんてこと、あるわけ……」

「それはお前自身のことじゃねぇだろ。関係ねぇよ。それに仮にお前のことであっても同じだ。問題になるのは、俺とお前のふたりのことだけだろうが。それは、お前が俺から離れる理由にはならねぇよ。」

「でも、だって、迷惑……」

「迷惑なのは、勝手にいなくなることだって言ってるだろうが」


三蔵は片手を悟空の頬に添えると、俯けている顔をあげさせた。
その大きな金色の瞳に自分の姿を映す。
まっすぐに悟空を見て問いかける。


「それともお前にはそれ以外に俺から離れたいという理由でもあるのか」

「あるわけないっ」


突然の問いかけに、思わず力強く否定してしまい、悟空ははっとした表情を浮かべた。
くすり、と三蔵が笑みを浮かべる。


「なら、なにも問題がないだろうが」


低く囁き、軽く唇を重ね合わせる。
触れ合う瞬間に、微かに悟空が震えたが、今度は抵抗はない。
二度、三度と軽く唇を重ねる。


「……ずるい」


交わすキスの合間に、悟空が呟いた。


「なにがだ?」


そっと、今度は額に口づけて三蔵が問いかける。


「だって……。そんな風に言われたら……」


軽く閉じた目蓋のうえに。


「わかってるのに……」


頬に。


「迷惑だって、わかってる、のに……」


震える唇に。
羽根のようなキスを降らせていく。


「ったく、お前の頭はザルか」


口調とは裏腹に、零れ落ちる涙を唇で受け止めて三蔵が言う。


「さっきから何度も言ってるだろ。いなくなられる方が迷惑だって」


頬に手を添えて、三蔵は悟空の瞳を覗き込むように見つめる。


「そばにいろ。なにがあっても。ずっとだ」

「さんぞ……」


一瞬、悟空は目を大きく見開き、それから泣きそうな顔で、まるでぶつかるように三蔵に身を預けた。