旋律〜melody(21)



バスタブからお湯が溢れだしていた。
交わすキスの合間にそれに気づき、三蔵は名残惜しげに唇を離した。
柔らかな唇は赤く色づいて、潤んだ目元といい、艶やかな色香を放っている。

誘う、という言葉も知らないような、純粋無垢な子供なのに。

三蔵は、もう一度だけ軽くキスを落とすと、片手でお湯をシャワーに切り替えた。
それから。


「ちょ……っ、三蔵っ」


悟空の抗議の声を無視して、三蔵は悟空の腕をひっぱると、シャワーの下にと立たせた。


「全身、砂だけだろうが」


そういって、悟空の服を脱がしにかかる。


「やめっ。自分でできるって!」

「まどろっこしいんだよ」


押しとどめようとする悟空の抵抗をねじ伏せ、慣れた手つきで軽々と脱がしていく。
やがて、三蔵以外だれの手にも触れられたことのない、まだ少年の細い線を残す裸身が現れた。
一連のことで、だいぶ痩せてしまっているが、それでも。

――綺麗だ。

それはたぶんその無垢な魂からくるのだろう。
何度触れても、その綺麗さが失われることはない。
三蔵は微かに笑みを浮かべた。
と。


「……三蔵、ズルイ」


頬を真っ赤にした悟空が呟いた。


「なにがだ?」

「だって、三蔵だって砂だらけじゃんかっ」


突然、服に手をかけられた。
ひとりだけ脱がされたのが恥ずかしかったらしい。
子供っぽい行動に、三蔵の笑みが深くなる。

といっても、悟空は三蔵ほど器用ではない。
しかも濡れた服は扱いにくく、一生懸命やっている割には三蔵の服を脱がすことはできない。
むーっとした顔で格闘しているのを見兼ね、三蔵はぽんぽんと悟空の頭を軽く叩くと、自分で服を脱ぎ出しだ。

と、パッと悟空が後ろを向いてしまう。
後ろ姿では表情は見えないが、髪から覗く耳が真っ赤になっている。
そんな様子に珍しくもクスクスと声に出して三蔵が笑う。


「ヘンなヤツだな。お前が恥ずかしがることはないだろう」

「……だって」


ちらりと悟空は後ろを振り返る。
と、均整のとれた肢体を恥ずかしげもなく晒している姿があった。
細身だが、しっかりと筋肉はついている。

綺麗な人はどこをとっても綺麗だ――。

ぼーっと見とれていると、腕を取られて引き寄せられた。
くるりと体が反転し、三蔵の腕のなかに収まる。
触れ合う素肌の温もりが久し振りで――本当に久し振りで。


「どうした?」


耳元で優しい声がする。零れ落ちる涙をそっと拭ってくれる。


「三蔵……」


ずっとこの温もりに焦がれたいたのだということを思い知った。


「三蔵」


悟空は三蔵の背中に手を回して、ぎゅっと抱きついた。










肌を辿っていく指が――唇が――気持ちいい。


「……っ」


思わず声をあげそうになって、悟空は唇を噛みしめた。


「声、我慢すんな……」


熱を含んだ声でそんなことを言われても逆効果だ。悟空は、ますます唇を噛みしめる。
すると、顔をあげさせられた。唇が重なってくる。
そうなるといつまでも唇を噛みしめていられるものではない。思わず薄く開けた唇の間から舌が入り込んできて。


「……う、んっ」


深いキスに、吐息が漏れる。そして、その間にも触れてくる指は止まらず。


「ん……く……っ」


息がうまくできなくて、苦しそうな声が出てしまう。


「大丈夫か?」


一旦、唇を外し、そっと汗で額にはりつく髪をかきあげ、そこに唇を落として三蔵が言う。


「ん……」


ほわん、と胸が温かくなる。
気にかけてくれることに。優しくしてくれることに。
深呼吸して、荒い呼吸をどうにかおさめ、それから悟空は腕を伸ばして、自分から強請るように唇を近づけていく。
柔らかくキスを繰り返し、そして――。
ビクッと悟空が体を固くした。


「……少し……、力を抜け……」


荒い息のしたで、三蔵が言う。


「うん……」


わかってはいる。
わかってはいるのだが――。


「三蔵、さんぞ……」


悟空は三蔵の背にしがみつくようにしてその名を呼ぶ。
と。
耳元で三蔵が囁いた。
その言葉に。


「あ……っ」


小さく悟空が息を呑む。
胸のなかに暖かなものが溢れてくる。それはどんどんと湧きあがり、そして。


「三蔵」


ひどく幸せそうに悟空は微笑んだ。