願い(4)


「うわっ!」
 私室につくと、寝室のベッドの上にいきなり投げ出された。
「もうちょっと丁寧に扱ってくれても。怪我人だって、自分で言ってたくせに」
 一度、別の部屋に行って、木の小さな箱を持って戻ってきた三蔵に文句を言う。
「それ、これに入れろ」
 俺の言ったことは無視して、三蔵は淡い薔薇色の石を指し示して言った。箱から微かに良い匂いが漂っていた。
「明日、三仏神のところに持っていく」
 パタンと蓋をし、綺麗な紐をかけて、安心させるように三蔵が言った。それから、またその箱を持って別の部屋に行く。
 もう一度戻ってきたときには、救急箱を持っていた。
「上着、脱げ」
 ベッドに腰掛けながら三蔵が言う。
「さっきはあぁ言ったけど、大丈夫だよ」
 別に今はどこも痛くない。
「いいから」
 再度うながされて、上着のボタンに手をかけて脱いだ。
「あれ?」
 左肩と、心臓の上が赤くただれていた。
「全然痛くないのに」
「普通の怪我と違うからな」
 三蔵はそう言うと、左肩に手を伸ばした。
「っつ!」
 触れる直前に焼けるような鋭い痛みが走った。思わず体をひく。
「……なんで?」
「札の効力だろうな」
「でも、さっきまでなんともなかったのに」
「触らないようにしていたからな」
 三蔵はそういうと救急箱の蓋を開けた。
「何、情けない顔してるんだか。直るさ」
 ポンポンと軽く頭を叩かれた。
「三蔵なら……」
 俯く。
「いいよ。殺されても」
 手が頭に置かれたまま止まった。それから、ふっと短く溜息をついて、三蔵の手が離れていった。
「だって、人と妖怪は一緒にいられないんだろう」
 顔をあげる。
「だったら。離れる前に殺してくれるんなら、その方が――!」
「わけのわからんことを」
 パシンと左肩を叩かれた。次いで心臓も。
 って、あれ?
 あれ? 何で?
「さんぞ」
「札を作ったのが俺なんだから、無効にできてもおかしくはないだろうが」
 言われて自分の左肩を見る。何か文字が書いてある白いものが貼られていた。
「一日、はがすなよ。その下に薬も塗ってあるから」
「あ、うん……」
 救急箱を閉じながら言う三蔵に返事をする。
「で、俺がお前を殺すってのは?」
「だって、アイツらが言ってたから。三蔵は俺を一瞬で消し去るための札を作っているんだって。その札ができるまで、俺をそばに置いているんだって……」
「……それを信じたのか?」
 呆れたように三蔵が言った。
「信じてなかったけど、でも、わかんなくなっちゃったから。あの札。びっくりした。あんなの、初めてだった……」
 動けなくなるくらいの強烈な痛み。あんなに苦しかったのは、初めてだ。思い出すだけでも震えが走る。
「バカだ、バカだと思っていたが。お前、正真正銘のバカだな」
「なんだよ、それ……」
 泣きそうになっていたら、柔らかく抱き寄せられた。
「あの札、どこに貼ってあった? あれは、お前を殺すためのものじゃなくて、あの生き物を封じるためのものだろうが。だいたい殺すつもりなら拾ってこねぇで、あの岩牢のところで殺してる」
 話している内容とは裏腹にゆっくりと優しく頭を撫でられる。
「第一なんだってお前を殺すための札を作るなんて面倒なことをしなくちゃならないんだ。殺すだけなら、そんな手間はかけねぇよ」
「そうだね。三蔵って面倒臭がりだもんね」
 クスッと笑った。
「でも。離れるくらいなら、殺してくれた方が良かったのに」
「なんだ、それは?」
「だって、人と妖怪は一緒にはいられないんでしょ。絶対に。それは事実だって」
 三蔵が溜息をついたのが聞こえてきた。
「……お前なぁ。少しは人を疑うことも覚えろ。それを言ったのもアイツらなんだろう」
「さんぞ?」
「今度からグダグダ一人で悩むよりは、何でも俺に話せ。でないと『声』が聞こえて煩いんだよ」
 言葉よりも先に三蔵を呼ぶ『声』
 あぁ。そうか。だから、わかったんだ。表に出してないつもりだったのに。
 なんか、隠し事をしたり、一人で悩んでいるのが馬鹿みたいに思えてきた。
「うん。わかった。ね、三蔵……」
 本当は聞くのが怖い。でも、確かめなくてはならないこと。
「人と妖怪は本当にずっと一緒にはいられないの?」
 そっと三蔵が離れた。肩に手をかけてまっすぐにこちらを見る。
「お前が強く願えば、願いは叶うものだ」
 それは。
 ずっと一緒にいられるということ?
「三蔵」
 嬉しくて、いてもたってもいられなくなって、その胸に飛び込んだ。
「ずっと一緒にいる。ずっと」
「あぁ」
「でも。三蔵なら、いいよ。殺してくれても」
 胸に強く頬を押し当てる。
「三蔵なら、いいんだ。何をしても」
 と、三蔵の腕に力が入った。ぎゅっと抱きしめられる。痛いくらいに。
「さんぞ……?」
「言葉の意味もわかってないのに、ヘンなことを言うな」
 耳元で囁かれ、腕が離れた。そのまま、押されてベッドに沈み込む。
「寝ろ」
「三蔵は?」
「心配しなくても、その怪我、熱がでるかもしれないから、今夜は一緒に寝てやるよ。いろいろ片付けたら寝るから、先に寝てろ」
 救急箱を持って三蔵が寝室を出て行く。
「三蔵」
 その後ろ姿に呼びかける。
「おやすみなさい」
「あぁ」
 少し笑って、三蔵が部屋を出て行った。
 強く願えば、三蔵のそばにいられるんだ。ずっと。
 だったら大丈夫。この願いは絶対だから。
 安心して目を閉じた。
 三蔵。ずっと、そばにいるからね。
 ずっと――。




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