夜に咲く花(3)


「――何で?」
 かなりの間があってから、混乱したかのような声がした。
「宝飾デザイナーだったそうだな。斉天大聖が狙う宝石は、金蝉という人物がデザインしたものか、所有していたもの。偶然にしちゃあ出来過ぎというので警察でいろいろと調べたが、関係者で怪しい人物は誰も浮かばなかった。というより、極端な人嫌いで、あまり親しい人間もいなかったようだが」
「そう……だね。家に招き入れる人間なんて、片手にも満たなかったよ」
「お前……」
「誰も知らないと思うし、記録にもないことだけどね。金蝉はね、ある時から拾った少年と二人で暮らしていたんだよ。少年は金蝉に拾われる前の記憶が全然なくて、自分がどこの誰かはわからなかった」
「警察に届けるようなことはしなかったのか?」
「うん」
「家族が捜しているかもしれないのに」
「そういう人はいないと思うよ」
「そんなこと、わからないだろう」
「そうだね。でも、わかる。なんとなく、わかるんだ」
 悟空が身動ぎをした。
 背中に回っていた手が外され、体を丸めて小さくなったのが感じられた。
「それにね、金蝉と一緒にいたいと思った。ずっと一緒にいたいと思った。警察に行けば引き離されちゃうでしょ?」
 言葉は普通だったが、泣いているような気配がした。
「――宝石を盗んでいるのは、形見を集めているつもりか?」
「違うっ!」
 突然、悟空は激しく反応した。
「形見じゃない。だって、金蝉は死んでないものっ。行方不明っていうのは、死んだっていうことじゃないものっ」
 今度こそ、本当に泣き声がした。
 金蝉という人物はしばらく前から行方不明となっていた。
 家出や行方不明ということで、警察に届けられる件数は、かなりの数にのぼる。あまりに数が多すぎて、事件や事故に巻き込まれた可能性があるもの以外、捜索のしようがないのが現状だ。
 金蝉の場合も、自宅から突然失踪していた、ということで当初はそれほど熱心に捜索されていなかったようだ。
 だが、斉天大聖との繋がりが出てきたことにより、再度、詳細な調査が行われた。
 しかし、かなり綿密な調査を行ったにも関わらず、行方の手がかりは何一つ浮かんでこなかった。
 事件・事故に巻き込まれた可能性も低く、どこかに行方をくらませたわけでもない。残る可能性は――。
 ふっとため息をついた。
 どうやら余計なことを、しかも、事実ですらないことを口にした。
 この子供は、本当に人の調子を狂わせる。
 ずっと一緒にいたい。
 そんなに風に他人のことを言うな、と思った。
 だが、泣かせるつもりはなかった。ましてや、そいつのこと想って泣く姿など見たくはなかった。
 とはいえ、このまま突き放すことはできない。厄介なことに。
 仕方なしに抱え直し、もう一度、あやすように背中を軽く叩いてやる。
 こんな子供に。
 ただ無邪気に好意を口にしただけの子供に。
 なぜ、こんなにも囚われてしまったのだろう。
「三蔵」
 ふわりと首に手が回り、ぎゅっと抱きついてきた。
「三蔵、三蔵、三蔵」
 こんな風に名前を呼びながら、それでも想って泣くのは他の人間――。
「三蔵……?」
 考えていたことがわかったわけでもあるまいに、悟空が少し身を離した。
 何も見えぬ暗闇の中。
 微かに触れる吐息だけが、至近距離に悟空がいるのだと告げている。
 その吐息がさらに近づいてきた。
 ゆっくりと、探るように。
「三蔵」
 拙い、触れるだけのキスの後、そっと身を寄せてきた。
「俺はね、宝石を盗んでいるんじゃなくて、取り戻してるんだ。金蝉がいなくなった後、金蝉が所有していた宝石が全部、人の手に渡った。今までどんなにお金を積まれても手放さなかったものまで全て。失踪する前に正式の売買契約をしていたということになっているけど……」
「それは偽造されたものだというんだな」
「そう。でも、書類そのものは本物だから、偽造されたということを証明するのは難しい。特に、当の金蝉がいない状態では。それに、俺から訴えるわけにはいかなかった。俺は、存在していない人間だから」
 だから捜査線上には浮かばなかった。
「俺は取り戻したい。全て。金蝉が持っていた宝石は全て。いつか金蝉が帰ってきたときに、悲しむ顔は見たくない」
 いつか帰る。
 宝石を取り戻すことで、その可能性があるということを確認しているのだろう。
「ここにいることをこの家の当主にみつかれば、俺は殺される、と言ったな? 宝石を持って行った連中は、そのために人を殺すのも厭わないということか?」
「そう」
「では、金蝉は……」
「違うっ!」
 なぜこんな風に泣かせるようなことばかりが口をついてでてくるのか、わからない。
 ただ悟空が『金蝉』という名を口にするたびに、心が波立つ。
「わかるから。そうだったら、絶対……わかるから……」
 悟空が離れていった。
 さすがに気分を害したのかと思ったが、悟空の手に探るようにあちこちを触られた。やがて、それが手にと触れてきて、そのままぎゅっと握られた。
「協力して」
 立ち上がった悟空の手に引っ張られる。
「ここから出られるように、出口を探そう」