思ひめし花の色 (10)


 呆然と、ただ立ちつくしている悟空に三蔵は駆け寄った。
 服に飛び散る血に、怪我はないかとあちこち確かめてみるが、どうやら返り血だけのようで、ほっと息をつく。
 それから、無事を確かめるように、ふわりとその腕の中に抱きしめた。

「……な……で……」

 それまでおとなしくされるがままになっていた悟空は、柔らかく抱きしめられた途端に震え出した。
 三蔵を押しやって、抱擁から抜け出す。

「悟空……?」

 血の気の引いた顔。
 先ほど、命のやりとりをしていた時でさえ、これほどまでの恐怖の表情は見せていなかったというのに。
 青ざめ、震え、悟空は自分自身を抱きしめるかのように、腕を交差させた。

「わからない……の……?」

 搾り出すように、悟空は言葉を口にのせる。
 こんな風に、こんなときに、自分の口から言わねばならぬことは死ぬほど辛かった。
 できることなら、この優しい手にずっと包まれていたかった。
 だが、だまし続けていることなど、できはなしない。

「俺……男、だよ――」

 その言葉を口にし、それから、目をきつく閉じる。
 降ってくるだろう罵声に耐えるために。
 唇を噛みしめて、ぎゅっと腕を握って。

 なんと言われてもそれは仕方のないことだと思った。
 嫌悪され、蔑まれることも。

 だが。

「知ってた」

 かけられた言葉は、思いもかけぬもの。

「知って……た……?」

 思わず目を開く。
 と、その視界の端に、光るものが映った。

 先ほど、斃したと思っていた男。完全には事切れていなかったのだ。
 とっさにそう思うが、一度、緊張を解いた体はすぐには動かない。

 まるでどこか遠くから映像を見ているような感覚だった。
 男が最後の力を振り絞るように、短刀を投げつけてくる。
 光る切っ先がこちらに向かってくる。

 それを見ながら、これで終わりなのだと悟空は冷静に思った。

 なぜだろう。
 悲しみも後悔も浮かばなかった。
 ただ、さきほどの三蔵の言葉の意味が聞けなかった。
 それだけが心残りだと思った。

 終わりになるまでは、ひどく短い間のはずなのに。
 いつまでたっても痛みは感じなかった。
 不思議に思っていると、目の前が急に暗くなった。
 響き渡る銃声。触れ合ったところから体に伝わる衝撃と、硝煙の匂い。

 ふと気がつくと、三蔵の腕の中にいた。
 三蔵の手に握られているのは、拳銃。
 どうして、と思う間もなく、新たに流れる血の匂いがした。
 はっと顔をあげると、三蔵の肩口に。
 短刀が深々と突き刺さっていた。

「……三蔵っ!」

 庇われたのだと、言われるまでもなくわかった。

「喚くな。響く」

 少し顔を歪めて三蔵はそう言い、崩れ落ちるように地面に膝をついた。

「三蔵っ」

 それを支えながら、悟空は携帯を取り出す。
 そして。

「光明っ! 光明っ! 早く来てっ! 三蔵がっ!」

 繋がった携帯に向けて、悲痛な叫び声をあげた。