06:鋭利な刃物


「怖い、ですね」
 相変わらずクスクス笑いながら、小坊主が言う。
「そんなに怒るのは、図星だからですか? あの子供をご寵愛だという……」
「くだらねぇ」
 三蔵が目をすがめた。
「お前、人間じゃねぇな」
 その言葉に、小坊主の笑い声が大きくなった。
「鋭いですね。その鋭さ。そして、子供にも容赦なく銃を向けられる意思の強さ。三蔵法師としては、申し分ないでしょう」
 そしてふっと笑みを収めた。その目に強い光が宿る。すると、先程までの艶かしさが綺麗に消え失せた。残ったのは清冽な美しさ。
「だけど、その強さがあの子供を傷つけると、考えたことはありませんか?」
「何?」
 一瞬、三蔵の注意がそれた。その隙に小坊主が近付き、シリンダーを押さえた。
「撃鉄、起こしておいた方が良かったですね」
 間近で柔らかな声がする。 
「チッ」
 三蔵は舌打ちすると、右手を握り締め、声のした方に鋭く打ち出した。
 パシッと音がして、その攻撃は受け止められた。拳が子供とは思えない力で掴まれる。
 そのまま、二人は睨み合った。
 三蔵の銃は、妖怪を滅すると言われる特殊な銃だ。だが、造りは基本的に普通の銃と変わらない。だから、シリンダーが回らなければ弾を撃つことはできない。
 銃の撃ち方には、二種類ある。
 撃鉄を起こしてシリンダーを回し、それからトリガーを引く方法と、トリガーをただ強く引く方法と。
 前者であれば、もうすでにシリンダーは回っているので、シリンダーを押さえられていても一発は撃てる。だが、後者の場合、トリガーと連動してシリンダーが回るため、シリンダーを押さえられれば撃つことはできない。
「あの子供、手離す気はありませんか?」
 涼やかに小坊主が言った。次なる攻撃のため、三蔵が満身の力を込めて引こうとしているにも関わらず、掴まれた拳はビクともしない。
「あなたのその鋭さはあの子供を傷つけます。あなたといても、あの子供は幸せにはなれません。わたしなら望むものを与え、いつでも笑顔でいれるようにつくします。決して泣かせません」
「ふざけるなっ!」
 三蔵は銃を持つ左手を思いっきり振った。小坊主の体が浮き上がり、そして宙に飛んだ。
そのままであれば壁に激突していただろうが、小坊主は空中で一回転すると、反動を殺して軽く床に舞い降りた。
「手離す気はないんですね」
「俺には関係ない。そういうことは、直接本人に言え」
 今度は撃鉄を起こし、三蔵は銃を小坊主に向けた。小坊主はクスリと笑った。
「凄い自信ですね。あの子供が自分から離れるわけがないと思っている」
 その言葉に三蔵の口の片端があがった。
「本人の意思次第だと言っているだろう」
 ずっと手元においておけるとは、最初から思っていない。もしも望むのなら、手を離すことに躊躇いは見せまいと思っていた。それどころか、出て行きやすいようにその背中を蹴り飛ばしてやろうと思っている。
 そうすることが己の誇りだから。
 自分のためだけに生きて、自分のためだけに死ぬ。
 そう決めたのだから。
「話はそれだけか」
 銃を構えたまま三蔵が言った。
「えぇ、話は」
 そう言った小坊主の姿がフッと消えた。直後に背後に気配を感じた。三蔵は躊躇うことなく振り向きざま発砲する。小坊主が身をかがめ、その体勢から拳を叩きつけてきた。右肘で受け止め、小坊主の額に左手の銃の狙いを定める。小坊主は笑みを浮かべると飛び退った。一発、二発。追いかけるように銃弾がその足元に炸裂する。
 小坊主の背後で、触れてもいないのに窓が音をたてて開いた。
 軽く地面を蹴って、ふわりと窓を跳び越し、小坊主が外に逃れた。
「チッ!」
 三蔵は舌打ちすると、その後を追った。