08:デッド・オア・アライブ


 ――あの子供が自分からあなたの元を去るなんて、ありえません。
 言われた時に、三蔵の胸はざわついた。
 それもまた自分の望んでいることだから。その手を離す日が来ないことを。
「あの子供が、大地が生んだ子供だということは知っていますよね」
 銃口を前にして、小坊主は静かに語りかける。
「大地のエネルギーが集結した岩から生まれた唯一無二の存在。大地の愛し子。我らがどんなにあの御子を慈しんだか。それなのに、あなた方は御子を天界へと連れ去った。そしてその力を捻じ曲げ、傷つけ、五百年にもわたって封じた。あなた方がするのは、御子を傷つけることだけ」
 すっと、小坊主の目が細められる。
「もう良いでしょう。我らがもとに返してもらいます」
 そして、言い終わると同時に、まっすぐ三蔵の方に向かってきた。
 三蔵は引き金を引く。銃弾は、かがんだ小坊主の左肩を掠めた。スピードは悟空にも劣らないかもしれない。両手を地面について、伸び上がった足が三蔵の右顔面を狙う。三蔵は手を交差させてそれを阻むと、そのまま押し返した。軽い子供の体はそれだけで、後方に吹っ飛んでいく。だが、綺麗に地面に着地すると、勢いで後ろに滑るのを倒れないように器用にバランスをとる。雨で濡れた地面に、二本の浅い溝ができた。
「そんなにあいつが欲しいなら、直接あいつの方に出向いて、説得するなり、攫うなりすればいいだろう」
「大人しく攫われてくれると思っていますか?」
 小坊主がまた仕掛けてきた。地面を蹴ると、まるで重力などないかのように、三蔵の真上に浮かぶ。そして、落ちてくる勢いもその拳に乗せて三蔵に襲いかかる。三蔵は、後ろに一歩さがってそれを避けた。拳が空をきり、小坊主は地面に倒れこむ。が、そのまま足を横に、地面と水平に回して、三蔵の足を払おうとする。三蔵はもう一歩後退し、その足も空を切らせる。と、休む間もなく、下から拳が突き上がってきた。上体を反らせてそれも避けると、三蔵は伸びてくる腕を捕まえた。そして、その額に銃を押し付けた。
「力ずくで、というのは無理だろうがな。だが、食い物でつれば、案外いけたかもしれないぞ」
「それは有効かもしれませんね」
 額に銃を押し付けられているというのに、小坊主は楽しそうにクスクスと笑った。
「でも、駄目ですよ。食べ終わったら、あなたの元に帰るでしょうから」
 小坊主は笑みを消して、まっすぐに三蔵をみつめた。
「あなたがいる限り、御子はあなたのそばから離れません。あなたが拒絶しない限りは。拒絶しても、たぶんあなたの目につかないところで、あなたを見守り続けるでしょう。だから……」
 ザワザワという音がした。
 小坊主の背後にある桜が、風もないのに揺れていた。花びらがまるで、金色の光の粒のようにキラキラと光り、周りを取り巻いた。
「だから、死んでください。玄奘三蔵さま。唯一執着するあなたがいなくなれば、御子は我らが元に帰ってくるでしょう」
 ふわっと、小坊主の体と桜と同じ色の光が取り巻いた。
 三蔵は指に力をこめて引き金を引こうとした。が、動かない。金色の光が銃を、そして三蔵をも包み込んだ。
 温かく、柔らかな光。
 それが、間近で爆発した。