09:僕のたいよう


 三蔵を見送った後、見送りの僧達が完全にいなくなるのを待って、悟空は木から飛び降りた。三蔵がいなくなった今、僧達に出くわせば何を言われるかわかったものではなかったからだ。
 もちろん寺院には、悟空に辛くあたる僧達ばかりいるのではない。滅多に会うことはないが、悟空が「ジィちゃん」と呼んでいる老僧正は、普通に接してくれるし、何かと庇ってもくれる。他にも何人か悟空に好意を持って接してくれる人もいる。とはいえ、言いがかりをつけてくる人間や無関心な人間が大半だ。
 寺院は、悟空にとって決して居心地の良い場所ではなかった。
 だが、離れようと思ったことはない。
 悟浄と八戒と知り合ったばかりの頃、ちょうど悟空が絡まれているところに二人が出くわしたことがあった。その時はたまたま本当に酷い場面で、一対何人かの乱闘になっていた。それでも悟空の方は手加減をしていたのだが。八戒が間に入り、いつもの笑顔でその場を収めた。
 その後で、二人は悟空に言った。自分達の家に来ないか、と。
 特に悟浄の方が熱心に勧めていた。乱闘騒ぎだけならばいい。悟空は強いから、別に何人束になってこようと関係ないだろう。だが、あんなことを言われて、我慢することはない、と。
 即座に悟空は、首を横に振った。
 僧達になんて言われようが、傷ついたことなんてない。
 だけど、その日の夕食の席で三蔵に悟浄たちの家に行ってもいい、と言われたとき、目の前が真っ暗になった。
 三蔵のそばから離れろ、と言われた気がした。
 あまりに青い顔をしていたからだろうか。三蔵が箸を置き、手を伸ばして頭に手を置いた。そして、好きにしろと告げた。
 俺の好きにしていいなら、ここにいてもいい?
 そっと聞くと、だからお前の好きにしろと言っているだろうが、と言われて髪の毛をかき回された。それでやっと安心した。
 三蔵の言葉だけが自分を傷つけることができる。
 悟空は空を見上げた。いつの間にか雲がかかり、細かい雨が落ちてきていた。
 太陽が姿を隠してしまった。
 三蔵がいなくなった途端。まるで、自分の心の中のようだ。
 三蔵がいれば、他はどうでも良かった。
 何と言われようと。何をされようと。
 太陽がなければ生きられない植物のように、三蔵がいなければきっと自分も生きてはいけないだろう。
 いや、どんな生き物だって、太陽がなければ生きれない。
 だって、真っ暗になってしまうから。
 真っ暗な闇の中、生きていけるものなんていない。
 それなのに、今は太陽が出ていない。
 ねぇ、三蔵。
 心の中で悟空は呼びかけた。
 帰ってくるよね。本当に、迎えにきてくれるよね。このまま置いていかないで。暗闇のなかに、たった一人で。
 もう二度と、あの孤独を味あわせないで。
 お願いだから。三蔵。