10:これは闘い


 寺院の壁に叩きつけられて、一瞬、息が止まった。
 三蔵は咳き込んで肺に空気を入れると、壁に手をついて崩れ落ちるなんとか体を支えた。
 目が眩む。かなりの衝撃だった。だが、咄嗟に身を反らせて直撃を避けたのが良かったのか、とりあえず打ち身以外の怪我はしていないようだ。
「お前、その桜の精か」
 金色の光を身に纏い、ふんわりと宙に浮く小坊主に向かって、三蔵が言った。
 桜も同じ金色に輝き、その光は小坊主と繋がっている。桜から大量の気が小坊主に流れ込んでいた。
「ご明察の通り」
 すっと手が横に伸ばされる。
 ハラハラと光の粒を撒き散らすように散っていた花びらが宙で止まった。
 それから小坊主はふっと笑みを浮かべると、手を鋭く三蔵の方に振り出した。
 光の粒が三蔵を襲う。それは銃弾の嵐にも似て、次々と壁に穴を空けていく。
「チッ!」
 三蔵は舌打ちをすると、頭を庇って、横に飛んで逃れた。地面で一回転し、跳ね起きる。そして、そのまま銃弾を小坊主に撃ち込んだ。
 空中で、まるで踊るように、小坊主は銃弾を避けた。三蔵は建物の影に入り、銃のシリンダーを振り出すと、使用済みの弾薬を排莢して、新しく装填し直した。カチッと音をたててシリンダーが戻る。
 息を整えていると、自分に向かってくる大きな気が、目ではなく感覚でわかった。
 三蔵は建物の影から飛び出した。
 と、大きな爆発音とともに建物の壁が崩れた。パラパラと破片が飛び散り、いくつかが三蔵に当たって傷を作る。
 いずれもたいした怪我ではない。だが――。
「ったく、傷を作るとうるせぇんだよ」
 傷を作って帰ると、悟空が煩い。なんで自分を連れて行ってくれなかったのかと騒ぎ立てる。たいていハリセンで殴って黙らせるが、あの今にも泣き出しそうな目は、正直、勘弁してほしかった。
 いつも通り拗ねた口調で言うので、いつも通りハリセンで返しているが、内心、心配でたまらない様子が伝わってくる。
 昔から、悟空の泣き顔は苦手だった。
 三蔵は左膝を地面につき、右膝を立てて銃を構えた。左手を一直線に伸ばし、右手を添え、右肘を右膝について腕を安定させる。そして連続して引き金を引く。
 弾は正確に小坊主に向かう。先程と同じように小坊主は避けるが、二発がかすったらしい。左頬と右腕から血が流れ落ちた。
「成程。狙いはそっちですか」
 小坊主が後ろを振り返った。桜の木の幹に、銃弾が食い込んでいた。
「だけど、桜自体は怪かしの存在ではありません。いくらわたしと一体だとしても、その銃で滅することはできませんよ」
「だが、気の流れを阻むことはできるだろう。それに、お前。そんなに無茶な気の使い方をしてもいいのか。いくら年月を経て強い気を蓄積させていったとはいえ、限りがある。こんな時期に花を咲かせているだけでも――」
 三蔵が何かに気付いたかのように言葉を止めた。
「さすが稀代の三蔵法師さま。お気づきになられましたか。わたしの命がもう少しでなくなることを」
 ふわっと金色の光が大きくなった。
「ですが同情は無用です」
 避ける間もなく、光が三蔵に叩きつけられた。
「グッ!」
 そのまま飛ばされ、壁に激突する。崩れ落ちるように地面に倒れこんだ。
「誰が……同情するかよ……」
 薄れゆく意識と必死に戦う。
 三蔵。
 と、頭の中に声が響いた。消え入りそうな声。
「泣いてんじゃねぇよ」
 地面を掴み、起き上がろうとする。
 頭の中に響く声だけが、三蔵の意識を繋ぎとめていた。