12:花に嵐


 ふらふらと三蔵はどうにか起き上がった。目が霞む。
「ったく、うるせぇ。何度も呼ぶな」
 それから呟く。
 頭の中で、悟空が呼ぶ聲がする。泣きそうな聲で。不安そうに、何度も。
「さっさと片付けて、帰ってやるから」
 息を吸い込む。途端に胸が痛んだが、無視する。
「まだ、起き上がりますか」
 呆れたかのような小坊主の声が聞こえた。
「もうボロボロじゃないですか。諦めて楽になったらいかがです? そうでなければあの御子を手離すと言えばいいのです」
「どっちもごめんだ」
 口の中に鉄の味がする。三蔵は血の混じったつばを吐き出した。
「あなたが、そこまで御子に執着するのは何故です?」
 静かに小坊主が聞いてきた。
「御子があなたに執着するのはわかります。あなたが、あの長い長い孤独の日々から救ってくれたから。でも、あなたには御子にこだわる理由がありません。あなたは一見すると、御子などどうでもいいように振舞っていますけど、でも、決して自分からその手を離そうとはしない。何故です?」
 三蔵は皮肉めいた笑みを浮かべた。
「くだらないおしゃべりはそのくらいにしろ。望み通り、終わらせてやる」
 意識を集中して、真言を唱え始める。
 ザワッと、辺りの空気が波立つ。発動する力の余波で、三蔵を中心に風が巻き起こる。ふわりと法衣の裾が浮き上がり、経文が肩の上で揺れた。
 さらに意識を集中し、高め、それがある一点を超えたとき、ザッと肩にかかった経文が広がった。
「魔戒天浄!」
 経文が小坊主を目がけ、襲いかかる。絡め捕らわれた小坊主が笑みを浮かべた。あまりに場違いな笑みに一瞬、三蔵の気が殺がれるが、あらためて銃で狙いをつけた。
 小坊主は抵抗する素振りも見せなかった。
 小銃から放たれた弾は、過たず、小坊主の眉間に吸い込まれていった。
 途端に、その存在が金色の光となって霧散する。
 あっけないくらいの終わり方だった。
 小坊主が消えるのと同時に、桜の木に突風が吹きつけた。
 音をたてて、金色に輝く花びらが舞い上がる。無数の光がキラキラと輝きながら宙を舞うその光景は、この世のものとは思えぬ程美しい。
 経文が収縮していき、三蔵の手の中に戻った。
 金色の光は優しくあたりを包み込んでいる。
 しばらく光は宙に留まっていたが、やがてゆっくりと漂いながら地面に落ちては、消えていった。
 最期の一片が地面に消えたとき、雲が切れ、太陽の光が差し込んできた。
 陽の光に照らされて、今や花も葉もつけていない桜の大木は、先程までの美しさが嘘のようにただ静かにそこに存在していた。
 三蔵は、ふっと集中していた気を解いた。すると、いきなり目の前が真っ暗になった。
 悟空の呼ぶ声が頭の中に響いている。
「今、帰る……」
 そう思ったのを最後に、三蔵の意識は途切れた。