13:万有引力


 手を離せば、モノは皆、大地に落ちていく。それは必然。
 何もかもが大地に引きつけられる。
 それと同じように、何もかもがあの子供に引きつけられる。金色の目をした大地の子供に。
 それをはっきりと知ったのは、あの子供を拾ってきて二度目の春。

 慶雲院では、三月三日に桃花祭というものを行っている。寺院を隅々まで磨きあげて桃の花で飾り、奥の院を一般に解放して読経や説法を行い、長寿祈願に桃の花びらを浮かべた酒を振舞う。
 桃花祭の呼び物のひとつは、一般の人が滅多に聞くことのない三蔵法師さまの読経だった。実のところ、三蔵はこういう見世物めいたことは大嫌いだったが、最高責任者が式典に出ないわけにはいかず、いわば、妥協の産物であった。一般向けに延々説法させられるよりは読経の方がマシということだ。
 もちろん一般の人はそんな裏事情など知らず、ありがたいことだと押し寄せてくる。祭りが盛大になればなるほど、取り仕切らねばならぬ諸事情は増え、三蔵の仕事も増える。そのため、祭りの美しさとは反対に、この日の三蔵の機嫌はあまり麗しいとは言えなかった。
 そして、悟空を拾ってから二度目の春。その年は寒さが厳しく、桃花祭の日が近付いてきても桃の蕾はまだ固いままだった。
 結局、当日になっても桃の花は蕾が色づくことさえなかった。そのまま飾ってもかえって興ざめだろうということで、その年は寺院の飾りに桃が使われることなく、桃花祭が行われた。主役抜きの祭ということで、なんとなく淋しい感じで、いまひとつ盛り上がりに欠けていた。
 それでも、三蔵が読経する時間になると大勢の人が奥の院に詰めかけた。
 三蔵は不機嫌な顔を隠そうともせず、前後に僧を付き従えて奥の院に向かって廊下を歩いていた。と、その前に突然、人影が現れた。
 さっと緊張して、僧達が三蔵を守るように取り囲んだ。が、三蔵は無造作にその輪から抜け出た。
「今日は邪魔をするなと言っただろうが」
 金色の目をした子供が、目の前に立っていた。三蔵の言葉にちょっと困ったような顔になる。
「うん。ごめん。でも、これ」
 そして、手に持っていたものを三蔵に差し出した。
 それは、ほんのりと桃色に染まった蕾をたくさんつけた桃の枝。二、三輪だったが、ちゃんと開花もしていた。
「お前、これ……」
「お仕事、がんばってね」
 輝くような笑顔を残して、現れたときと同じようにさっと子供は消えた。
 そして、三蔵が桃の花を手に奥の院に入ると、どよめきが起こった。
  
 その日の夜、三蔵は悟空に聞いてみた。桃の花をどこから持ってきたのか、と。
 悟空は裏山から、と答えた。去年と違って桃の花がないからお祭りなのに淋しいなと思いつつ、裏山を歩いていたら、花をつけている桃の木を見つけたと言う。
 思い返してみれば、悟空のために、花は咲き、木々は色づき、実をならす。
 これまでもそういうことはあった。だが、ここまで顕著なのは初めてだった。
 悟空が望むから、花を咲かせた木。
 それほど、周囲のものを引きつけるのだ、この子供は。
 そして、自分の中にも、どうしても引き寄せられる部分があるのを自覚する。
 あの金色の瞳に――。