15:煙草嫌い


 森の中の道を悟浄と八戒の家を目指して、悟空は歩いていた。と、前方に白い煙草の煙が揺蕩っているのが見えてきた。そして遠目でもはっきりとわかる紅い髪。
「悟浄」
 近寄って声をかける。
「遅ぇよ」
 悟浄の足元には、いくつもの吸殻が散らばっていた。
「って、何? 俺を待ってたの?」
 質問には答えず、悟浄は吸っていた煙草の煙を悟空の方に吐き出した。
「ちょっと、悟浄、ケムいって」
 たちまち嫌そうな顔をして、悟空が煙を避ける。
「煙草の煙くらい慣れてるだろ?」
「それとこれは別! 匂いが全然違うだろ!」
 その言葉に悟浄が薄く笑う。
「三蔵サマならオッケーなのね」
「何だよ、それ」
 悟空は悟浄の言い方に何となくムッとして頬を膨らませた。
「別に。なんかお前ら見ていると、よくわかんなくて、ちょぉっと、なんつーかむず痒いんだよな」
「だから、何だよ、それ」
 一歩前に踏み出して、拳をグーにして、悟空が噛みつくように言う。両手をあげて宥めようとした悟浄が、悟空の握られた手の中にあるものに気付いた。
「小猿ちゃん、それ、何?」
「へ?」
 指をさされて、悟空は自分の手が握っているものに目線を移した。
「あー! やっべぇ!」
 途端に悟空の口から大声があがる。
 手の中にあるもの――煙草は見事に握りつぶされていた。
「三蔵と同じ銘柄じゃん。……ってゆーか、吸いかけ? ホントに三蔵の?」
 覗き込みながら悟浄が言う。
「三蔵に怒られる〜」
「握りつぶしてなくても、どっちにしろ、ダメだったんじゃ? 湿ってねぇか、これ?」
「ほぇ?」
 悟空は改めて、手の中の煙草を見た。
 三蔵に渡されて、そのまま手に握っていて。そういえば、雨が降っていたような。
 悟空はがっくりと肩を落とした。
「まぁ、そう落ち込むなって。ほれ」
 悟浄の声で悟空は顔をあげた。目の前に煙草の箱が差し出されていた。一本だけ煙草が飛び出ている。
「……何?」
「何って、三蔵に隠れて吸おうと思ってたわけじゃねぇの?」
「違う!」
 力一杯否定する。
「だいたい煙草なんて……!」
 大嫌いだ。
 そう続けようとして、悟空は黙りこんだ。言えば、きっと悟浄は理由を聞いてくるだろう。
 三蔵が煙草を置いていくのは留守番をしてろということだから、とか。
 一人で三蔵を待っているのは嫌だ、とか。
 そんなことを言おうものなら、すかさずからかいの対象にするに決まっているのだ。この男は。
 悟空は頬を膨らませ、そのままズンズンと悟浄の横を通り過ぎた。
 その後姿を見送りながら、悟浄はやれやれというように肩をすくめた。