17:落霞紅


 悟空が悟浄の家に着くと、扉をノックする前に八戒が出てきた。
「遅かったですね、悟空」
 にこにこといつもの笑みを浮かべて八戒が言った。向ける相手によっては笑顔にも関わらず威圧感を与えるが、悟空に向けられる笑顔はいつでも優しい。悟空はその笑顔を見てほっとした気分になった。三蔵とはまた違った安心感を八戒は与えてくれる。
「俺が来るの、知ってたの?」
「えぇ。三蔵からの伝言を悟浄が持ってきたので。悟浄も、悟空と一緒に帰ってくればいいのに。まったくしょうがない人ですね」
 そういえば、今日、悟浄が来ていたっけ。
 悟空はそう思い、悟浄を見かけた場面を思い出した。その途端、胸が痛んだ。
「へいへい。申し訳ありませんでした」
 と、頭の上から声がした。悟浄が追いつき、悟空を見下ろしていた。
「でもな、小猿ちゃんは三蔵サマのお見送りをしたいだろうし、八戒さんは小猿ちゃんのためにご馳走を作りたいだろうから前もって知らせといた方がいいと思って、な」
「あなたなりに気を遣ったというわけですね」
「そうそう。小猿ちゃんがこんなに遅くなるとは思ってもみなかったけど。お前、また背が縮んだ?」
「なんでだよ! それに『また』ってなんだよ!」
「だって、コンパスが短いからここまで来るの、たいへんだったのかと。だいたい俺が一歩のとこ、お前、三歩くらいかかるだろ?」
「かかんない!」
「まぁまぁ」
 ほっとけば際限なく続くであろう言い合いを八戒が遮った。
「とにかく中に入りましょう。もう、日も暮れてきましたし」
 八戒の言葉に悟空は空を見上げた。見事なオレンジ色が広がっていた。
「明日、晴れるかな」
「大丈夫だろ」
 悟空の呟きに、頭をくしゃっとかき回して悟浄が答えた。そのまま、頭を押して家の中に入る。
「痛いって、悟浄」
 悟空が身を捩って悟浄の手から離れようとする。そして、扉が閉まるまえに振り返って外を見た。
 綺麗な夕焼け。
 明日はきっと晴れ。明日になれば、三蔵が迎えにくる。
 こんなに心細いのは、初めて留守番したとき以来かもしれなかった。
 きっと、悟浄も八戒も俺の様子が変なことに気付いている。
 悟空は心の中で思った。
 気付いて、でも触れてほしくないとわかっているから、何も言わない。いつも通りに接しようとしてくれてる。
 何かが、決定的に違ってしまった。自分のなかで。よくはわからないが。
 それでも、こんなときに一人でなくて良かったと思う。
 一人で、こんな不安な気持ちのままいたら、きっとどうにかなってしまうと思う。
 三蔵。
 三蔵も気付いていたのだろうか。
 だから、二人の家に行けと言ったのだろうか。
 三蔵。早く会いたいよ。
 夕焼け空を見ながら、悟空は切実に願った。