18:鋼の銃


 夜中にふと違和感を覚え、三蔵は目を開けた。
 目の前に、こちらを窺うようにして少し体を屈めている青年の顔。
「っ!」
 咄嗟に飛び起きて、枕元の銃を構える。
 と、微かに青年が笑みを浮かべた。
「お前、あの桜の……」
 室内の灯りは既に消され、月明かりが室内を照らすのみで姿がはっきりと見えるわけではなかったが、それでも青年の姿は、昼間の少年とどことなく通じるものがあった。
 三蔵の目つきが鋭くなる。だが、青年は笑みを浮かべたままで、動じる気配もない。
「消え去ったのは、お前の影ということか」
 三蔵は油断なく銃を構えながら、徐々に青年との距離を開けていった。まだ体が本調子ではない。接近戦はできるだけ避けたかった。
「その銃……」
 と、不意に青年が口を開いた。
 笑みを浮かべたまま、三蔵が構える銃に視線を据えている。
「その銃では、僕は殺せませんよ。影、というよりも、あれは僕自身でした。だから、消え去ったのは僕自身。その証拠に、桜は枯れたでしょう」
「だが、お前は残っている」
「えぇ。今は僕が影として」
「それが狙いか?」
 実体のないものになること。
 銃弾がきかぬものになること。
 そして、昼間の戦いで疲れきっている今の三蔵の精神力では、霊体となったものを消し去るだけの法力は使えない。
「お察しの通り。今ならば、あなたを殺すこともたやすいでしょう」
「そうまでして――」
「えぇ。そうまでして。この身が滅び、もう二度と再生できぬまでになろうと。我らは御子を取り返したいと願っています。これは、我らの――自然の意志です。それでも逆らいますか、三蔵法師さま」
 青年が一歩、足を踏み出した。
「自然に逆らって、生きていくことなどできませんよ」
「……クソくらえ」
 三蔵は低く呟くと、銃を構えなおした。
 自然の意志。それがなんだというのだろう。
 例えばこれが悟空の意思ならば、話は別だ。
 あれが望むのならば、いつでも手を離そう。
 だが。
 望みもしないことに、何故、従わなくてはならない――?
 近づいてくる影に向かって、三蔵は銃の引き金を引いた。
 夜のしじまを、銃声が切り裂いた。
 そして――。