20:夜明け前革命


 いきなり冷水を浴びせられたかのように、悟空はぱっと起き上がった。
 な、に……?
 心臓が早鐘を打っている。
 何か。
 何か、凄く大切なものが、この世から消えてしまったかのような感じ。
 助けを請うかのように、名前を呼ぼうとして。
「……っ」
 何も、出てこないことに気づく。
 名前が。
 大切だった人の名前が。
 ――思い出せない……?
 悟空は息を呑んで、喉元に手をやった。
 声が出ないわけではない。だけど、だけど、呼べる名前が。

 ――出てこない。

 混乱する。
 こんなに簡単なものだったのか、と。
 こんなにも簡単に忘れられるものだった?
 いいや、違う。違うはずだ。大切なもの。大切だったもの。忘れたくないもの――。

 ――桜の下で――――

 不意に、頭の中に声が響いた。

「さ、くら……」
 悟空は呟くと、ふらふらとベッドから降り、戸口へと向かった。
 約束。
 そう、約束した。
 カチャリと音がして、扉が開く。ペタペタと裸足のまま歩いていく。
 外へ。
 桜を捜しにいかなくては……。
 廊下の突き当たり、外に続くであろう、もう一つの扉に手をかけたとき。
「悟空……?」
 後ろから呼び止められた。
 悟空は、ゆっくりと振り向く。
「どうしたんですか? こんな夜中に? 目が覚めちゃいました?」
「だ……れ?」
 浮かぶ優しい笑み。知っているような気がする。でも、わからない。
「悟空?」
「なんだ、騒がしいなぁ。って、小猿ちゃん、トイレはそっちじゃねぇよ。お前、寝呆けてるのか?」
 訝しげな表情を浮かべた青年の後ろで、別の扉が開いて、別の人が顔を覗かす。
 悟空は、小首を傾げて二人を見、それから、くるりと向きを変えて外へと通じる扉を開けた。
「おい、小猿ちゃん?」
「どうやら僕たちのことがわかってないみたいなんですが……」
「へ?」
 そんな会話を背に受けながら、外へと足を踏み出す。
「おい、こら、待てって」
 ふらふらと外に行こうとした悟空を、力強い手が押し留めた。
「離して。桜……。桜のところに行かなくちゃ……」
 悟空は呟く。
 と、突然、悟空の意識が遠くなっていった。
「おいっ」
 慌てたような声を聞きながら、悟空は糸の切れた人形のように崩れ落ちた。