23:世界の終わり


 泣いている――。
 何よりもまず、頭の中に響く聲に、三蔵は意識を覚醒させられた。
「泣いています、ね……」
 ふいに声が聞こえた。
 無理やりこじ開けた目に映るのは、青年――桜の精の姿。
「あなたが消えたのがわかったのでしょう。混乱して、泣いている……」
 三蔵は眉間に皺を寄せ、青年から目をそらした。
 しばらく、どちらも口をきかない。
「――どうしてですか?」
 だが、ほどなくして青年がポツリと呟いた。
 三蔵が顔をあげると、青年は理解できぬという表情を浮かべていた。 
「あなたがいなくなって、まるで世界が終わってしまったかのように泣いている姿は嬉しくはないですか?」
「くだらねぇ」
 三蔵はまるで興味がなさそうに、吐き捨てた。
「そうでしょうか」
「俺が生きようが死のうが、世界が終わりになることはねぇよ」
「それは、物理的にはそうでしょうけれど、でも御子は、世界の終わりと同じことと思っています。それだけ、あなたがあの御子にとって、絶対的な存在だということです。それがわかっても嬉しくはありませんか?」
「くだらねぇ、と言っただろう」
 フンと鼻を鳴らし、三蔵はまっすぐに青年を見すえた。
「あの猿は、何があろうと、結局最後は、自分一人で立てるだけの力がある。俺が生きようが死のうが、自分一人で生きていける」
 例え、縋りつくようにその手を差し出してきても。
 本当は、強くて柔軟な心を持っているから。
「だから、俺がいなくなっても、世界の終わりなどと思う必要はねぇんだよ」
 だから、泣くな。
 三蔵は心のなかで付け加える。
 泣いている聲は、まだ聞こえていた。この場所は、どう考えてみても、元いた世界とは違うようだが、それでも、なにもかもを超えてこの『聲』は聞こえるのだろうか。
「あなたは……」
 またしばらく続いていた沈黙を、青年の静かな声が破った。
「あなたは、御子にとって絶対的な存在であることを望んではいないと――?」
 投げかけられた質問を、無視するかのように、三蔵は何も言わない。
「あなたが望んでいるのは、御子との対等な関係――?」
 心を見透かすような言葉に、三蔵の眉間に刻まれたままだった皺がますます深くなるが、声に出しては、何も答えない。
 と、突然、青年がクスクスという笑い声をたてた。
「面白い方ですね、玄奘三蔵さま。御子とあなたとでは、何もかもが違いすぎます。それでも、そんなことを望むなんて。興味深いことを聞かせていただきました」
「俺は何も言っていない」
「そうですね」
 クスリともう一度笑い、青年は三蔵を見た。
「このまま殺してしまうかとも思いましたが……。ひとつだけ、機会をさしあげましょう」