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「なぜ、あなたは――あなた方、天界の神々は御子のことを気にかけるのです？　御子は大地のもの。本来、天界とは係わりのないもののはずです」
「だが、強大な力は周囲に影響を及ぼす。騒乱の元となる。地上が乱れることを天界は良しとはしない」
「だから、御子を天界に連れていき、その力を封じたと？」
　声を荒げることはなかったが、青年の声には静かな怒りがこもっていた。
「自分で制御できないほどの力を持って生まれてくるものは、この自然界にはいません。御子の力がいかに強大であっても、その力を制御し、使いこなすことが御子にはできるはずでした。綺麗な空気と優しい自然に育まれていれば。なのに、あなた方は、御子を大地から引き離し、あまつさえ力を封印した。本来の力を封じることは、他に歪みを生じさせます。あのようなもの、必要はなかったのに」
「――金錮か」
「その他の枷も。そして」
　すっと、青年は菩薩に視線を据えた。
「特別と思える相手も」
　観世音菩薩は、視線を受け止めたが、何も答えない。
「全てのものから愛され、全てのものを慈しむ。それが本来の御子の姿でした。あたかも自然の姿を写し取ったかのごとくに。でも、今の御子は、あまりにも一人に囚われてすぎている。ご自分では自覚していないでしょうが」
「……それで、その一人をどうするつもりだ？」
「消えていただきます」
　事も無げに、青年が答える。
「唯一執着するもの消えれば、御子もこちらに帰ってきてくださるでしょうから」
「そううまくいくかな」
「いかせます」
「だが……」
「力の暴走、ですか？　御子が力を暴走させるのは、いつでも愛するものゆえ。そして、それをとめられるのは、御子が唯一執着している人間のみ」
　歌うように青年が言葉を紡ぐ。
「御子が唯一執着している人間が消えれば、そう、御子の力は暴走するかもしれない。そして、その暴走を止められるものは、もう地上にはいない。あなたは、それが心配なのですか？　でも」
　青年がふっと笑みを浮かべた。
「そのときに、もうその存在を忘れているとしたら？　忘れてしまえば、力を暴走させることもないでしょう」
「全てを白紙に戻すと？」
「えぇ。あなたがたが御子の記憶を封じたように。忘れてしまえばよいのです。そのように執着しなくてはいけないものなど、本来、御子にとってはなくてもいいものなのです。ですから、忘れて、この世界に生まれ出たところから、もう一度やり直せば良いのです」
　それから、青年は挑むような視線を観世音菩薩に投げつけた。
「そして、今度はもう二度と、あなた方の手には渡しません」
　絡み合う視線は、静かでありながら、どちらも強い。
　互いに逸らすことなく見つめあう。
「御子を我らが手に戻すため、まずは、あのものに消えていただきます」
　宣言するかのように、青年が言った。