28:確信犯


「と言いつつも、殺す気はないみてぇだな。殺す気なら機会はいくらでもあった」
「消すということが、即ち殺すということにはならないでしょう。慣れぬことは、無闇とするものではありませんからね」
「不殺生ということか」
 観世音菩薩の声が笑いを含んだものになる。
「別に教えとして守っているわけではありません。僕自体がそういう生き物ですから」
 青年の本性が桜であれば、それも当然のことと言えた。
 必要なものは陽光と水。あとは地中の養分。自ら進んで、他者の命を奪うことはない。
「だから閉じ込めたというわけか。異界に」
「異界の結界に」
「だが、完全に封じたわけではない」
「いいえ。自分で出ることは叶いません。封印をしてありますから」
 その言葉に、観世音菩薩は少し考え込むような表情をした。
「……まるで何かを模したかのようだったな」
「ご覧になったのですか?」
「見るのが俺の仕事だからな」
 そこで言葉を切り、真意を確かめるように言葉を継ぐ。
「それにしてもあれは、あの者の法力は封じているが、物理的な力に対しては何もしていないな」
「人の力では打ち砕くことは不可能ですから」
 青年が微かに笑みを浮かべた。
「物理的な力に弱いことは認識済、か」
 観世音菩薩も微かに笑みを浮かべる。
「良いのか? あの子供は確実に見つけ出すぞ。何せ『唯一執着しているもの』だからな。あの子供の力ならば、あれを打ち砕くことは可能だ」
「見つけられるものならば」
「先ほどまでの言葉と矛盾しているようだが。記憶を消すんじゃなかったのか?」
 観世音菩薩の言葉に、青年が再び笑みを浮かべた。
「本当言うとどちらでも構わないのです。大切なのは、御子が笑っていることですから」
「今のままでも、十分だと思うが」
「人の生命はあまりに短い……」
「だから、大切だということに早く気付け、と?」
 青年は笑みを刻んだまま、目を伏せた。
 肯定の言葉も否定の言葉もなかったが、真意は明らかだった。
「つまるところ、見つけ出すと思っているのだな」
「……人は、時には著しく自然を傷つけますが、それでも、神よりも我らに近い。結局、この地に生きるものですから」
「前よりもマシというわけか」
 その言葉に、青年がクスリと笑った。
「……最後まで見ていかないのか」
 淡く、青年の姿が光に溶け出す。
「見る必要もないでしょう」
「そうか」
 二人は無言のまま、見つめあう。
 そうして、青年の姿が消えるまで、二人の間で言葉が交わされることはなかった。