31:39回目のため息


「……3回目」
「え?」
 煙草の煙を吐き出しながら呟いた悟浄に、食卓の上を片付けていた八戒の手が止まった。
「何の話です?」
「小猿ちゃんのため息」
 くいっと、あごをあげて悟空を示す。
「朝からずっとあそこにいるのか?」
 明け方に飛び出していった悟空を探しに行っていた悟浄が帰ってきたのは、つい先ほど。
 家に戻っていた悟空に安堵の表情を見せたが、様子がおかしいことに気付き、その表情はまた曇った。
「えぇ。戻ってきたら、ずっと」
 二人して窺うように悟空に視線を向ける。
 悟空は外が見渡せる窓のそばに椅子を置いて座っていた。窓に頭をもたれされるようにして、じっと外と見ている。
 誰かを待つように。
 事実、待っているのだろうが、今までこんな悟空は見たことがなかった。
 法事とか、三仏神の命とか。三蔵が寺院を何日か留守にせねばならず、悟空を連れて行けないときは、この家で悟空を預かることはこれまでも何度もあった。
 ときには予告してた日に三蔵が迎えに来れないこともあった。
 そういうときに、悟空はやっぱり心もとない表情を見せるのだが、だが、ここまで不安そうな様子を見せたことはなかった。
 まるで置いていかれたのかのではないかと心配しているような。
 そんなことは絶対にありえない。
 言葉を尽くして言ってみても、悟空は本当には納得しないだろう。
 そうだね、という答えを返したとしても。
 実際に三蔵が迎えにこない限りは。
 こんなとき、この子供にとって、あの保護者の存在は何にもまして大きいのだと思い知らされる。
 自分達がどれほど甘やかし、可愛がったとしても、最後には必ずあの無愛想で冷淡な男のところに戻るのだ。
 それは淋しさを覚えるのと同時に、なんとなくほっとする光景でもあった。
 二人が二人でいることは、意識するまでもなく自然に思えるから。
「……5回目」
「いえ、38回目ですよ」
 呟きは、先ほどと同じくほとんど独り言みたいなものだったが、思いもかけない答えを返されて、手を止めて横に立ったままの八戒を、悟浄は振り仰いだ。
「数えていたのか? 朝から?」
「それは、あなたも同じでしょう」
 八戒が悟浄にと視線を移す。
 目と目が合うと、二人は微かに苦笑を浮かべ、そして、今度は三人同時にため息をついた。