37:今日ある事が明日もあるとは限らない


 ――ずっと、一緒にいられるんだと思っていた。

 あの岩牢から出してくれたときから、ずっとその背中を追ってきた。
 決して立ち止まってはくれないけれど、でも、時折、振り返っては手を差し伸べてくれた。
 そうやって、ずっと一緒に歩いていくんだって思っていた。
 でも。
 掴まれた手。引き寄せられて、間近で見た紫暗の瞳。
 ――あの目に見つめられて、その手に捕まえられて、そのままずっと。
 そのときに感じたことの意味は、そのときにはわからなかった。
 けれど、今は。
 今なら、わかる。
 大切、だと思った。
 三蔵の存在を見失ったときに。
 全てが崩れていくような恐怖のなか、三蔵のことがなによりも大切で、なによりも特別なのだと思い知った。
 今まで、そう思ってこなかったわけじゃない。
 いつだって、三蔵は特別だった。特別な存在だった。
 でも、今感じている、この特別は、もっと違うもの。
 特別に、好き。
 そう、三蔵だけが、特別に好き。
 どうして気付いてしまったのだろう、と思う。
 この感情が、三蔵に受け入れられることは絶対にない。
 三蔵は、そういった感情を向けられることを、酷く嫌うから。
 嫌って、そういう感情を向ける人を切り捨てるから。
 そういうのを、これまでにたくさん見てきた。
 といっても、この感情のことをわかっていたわけではないけれど。
 ただ『好き』にはいろいろあって、そういう人たちの『好き』と俺の『好き』は違うのだと――三蔵が言っていた。
 三蔵を好きでいると、いつか置いていかれるのかと怖くなって聞いたときに、そう言われた。
 そのときはとても安心したのだけど。
 今は胸が痛む。
 なんて幼かったんだろう、と思う。
 ただ一緒にいられるだけで、満足できていたのだから。
 でも、今は、それだけでは足りない――。
 その瞳を、その手を。
 その全てを、自分が独占できたらいい、と思う。
 こんな身勝手な感情。
 三蔵が嫌うのも、もっともだと思う。
 だから。
 だから、この想いは封印しなくてはならない。
 ずっと一緒にいるためには、絶対に、三蔵に気づかれてはならない。
 でも、もしいつか。
 いつか、この想いが溢れ出して止まらなくなって。
 いつか、離れなくてはいけなくなるときがくるかもしれない。
 ずっと一緒にいる。
 かつては、あんなにも当たり前に思えたことが、どうして今はこんなにも儚い願いのように思えるのだろう。
 いや、どんなものでさえ、形を変えずに存在し続けることなどないとわかっていたのに、どうして変わることなくずっと一緒にいられると思い込むことができたんだろう。
 そのほうが不思議かもしれない。
 それでも。
 この想いに気づかれたときが別れのときだとしても。
 それまででもいい。
 それまででもいいから、この手に取り戻す。このまま、失いたくはない。
 だから迎えにいく――。

 三蔵の気配を頼りに、悟空は歩いていた。もう既にいつもの自分の行動範囲は超え、どことも知らぬ場所になっていた。
 ひょっとしたら、もう悟空がもといた世界とも違う場所なのかもしれなかった。
 だが、そんなことはどうでも良かった。
 ただ三蔵に会いたい。
 その一心だけで進んでいく。
 その手に、取り戻すために。

 ――ずっと、一緒にいられなくても。