03:二人の時間


よく晴れた日曜日。
明け方近くまで本を読んでいた三蔵は、ほとんどお昼近い時間に起き出した。階下に降りて、コーヒーを淹れようとキッチンに向かう。
「おはよ、三蔵。俺にもコーヒーちょーだい」
と、その気配に気付いたのか、リビングの方から悟空の声がかかった。
三蔵はむっとした表情を浮かべるが、他の人間には例えついでであっても絶対にしないこと――即ち、悟空の分もコーヒーを淹れて、陽が燦々と降り注ぐリビングにと向かう。
「ほら」
それから床にクッションを敷いて直に座り、リビングのローテーブルになにやら広げている悟空に、悟空好みに砂糖と牛乳を入れたコーヒーを差し出した。
「さんきゅ」
悟空が顔をあげて笑顔を見せる。
「なにしてるんだ?」
向いのソファに腰を降ろしながら三蔵が尋ねる。
「宿題」
「……なんでまた」
そういうものは自分の部屋でやった方が良いのではないだろうか。
三蔵は少し眉を寄せる。
「ここのが日当たりがいい」
確かにリビングは一部吹き抜けになっていて、家の中で一番日当たりの良い場所ではあったが、それと宿題とにどんな関係があるのだろう。いや、直接的な関係などない。
三蔵はますます眉根を寄せた。
時々、悟空はこういうわけのわからないことをいう。
といっても、その裏にはそれなりの理由があるのだが、それをいわないので周囲の人間にはわけのわからない言動に取られるのだ。
と思う三蔵も、悟空よりも寡黙なので輪をかけてわかりにくいのだが、本人はあまり気づいていない。まぁ、気づいたところで気にもしないだろうが。
なんとなく溜息をついて、三蔵は悟空がここにいる本当に理由を聞こうとしたが、たいていの場合たいした理由ではないので、思い直して寛ぐようにソファに深くかけ直す。
それを見て、悟空の笑みが深くなった。
と。
軽快なメロディが響き渡った。悟空の携帯の呼び出し音だ。
バタバタとその辺を探し、重なりあった本の下から悟空は携帯を取り上げた。
「はい」
出て、話を聞いていた悟空は少し困ったような表情を浮かべた。
「ごめん。ちょっと用事があるんだ。うん。また、明日ね」
切って、その辺に携帯を放り投げる。
用事?
と、少し三蔵は怪訝な顔をする。
いまは到底そうは見えないが、この後出かける予定でもあるのだろうか。
そう思ったところ、今度は三蔵の携帯が鳴り出した。こちらは初期設定から変えていないただの呼び出し音だ。
ポケットから取り出してかけてきた元を確かめると、それは八戒からだった。
「なんだ?」
くだらない用事だったら即切るというような勢いで三蔵は出たが、偶然古本屋を覗いたら三蔵が好きそうな本が出ているという話だった。
タイトルを聞いて、三蔵は腰を浮かしかけるが――。
「いや、今日は無理だからまた今度寄る」
そう答えて電話を切った。
目の前の萎んだ表情が、みるみるうちに甦っていくのを見て、どうして悟空がここにいたのか、その答えがわかった。
基本的に悟空はアウトドア派で、友人も多いので休みの日にはあまり家にいることはない。
だが、1か月に1度くらいの割合でこうしてずっと家にいることもあり、そういうときはなぜか三蔵のそばにいたがるのだ。
今日はそういう日にあたるらしい。
だからリビングで三蔵が降りてくるのを待っていた。
三蔵は携帯を置いて、立ち上がった。
「三蔵っ」
と、出かけるのと勘違いしたのか、悟空が慌てたような声をかけてくる。
「メシ、作ってくる。お前も食うか?」
安心させるようにテーブル越しに軽く悟空の頭をポンポンと叩いて三蔵はいう。
「食うっ」
「夕飯はどうする? どっか食べにいくか?」
「えと……。俺、作るから家で、じゃダメ?」
「じゃ、あとで一緒に買い物に行くか」
「うんっ」
輝くような笑みに三蔵の表情も柔らかくなった。