04:シルエット


大学の帰り道。
別に約束も示しを合わせたわけでもないが、八戒と悟浄は乗換駅である大きな街で電車を降りるとそのまま改札をくぐり、雑踏のなかにと足を踏み入れた。
時刻は夕方から夜になるところで、サラリーマンというよりも学生といった風な人間が多い。それぞれの目指す場所が一緒なのか、特に目的もなくぶらぶらと歩いているのか、器用に人混みを避けつつ一定の速度で並んで歩いていく。
と。
「お」
少しだけ背の高い悟浄が遠くになにか見つけたようで、驚きの混じった声をあげた。
「あれ、悟空じゃねぇ? 一緒にいるのってもしかして噂の彼女ちゃんだったりして」
「え?」
八戒も悟浄の視線の先を辿る。
雑踏のなかに、仲良く並んで笑い合って歩いている姿が見えた。駅に向かっているらしく、ふたりの方にと進んでくる。
悟浄と八戒は、一瞬、顔を見合わせると、楽しそうな表情を浮かべて悟空の方にと向かった。
悟空をからかうためではない。
どうやらいまだに『彼女』を紹介してもらっていないらしいお兄ちゃんを、あとでからかってやるためだ。
「よ、悟空」
悟浄が声をかけると、それで初めて気付いたのだろう、悟空が目を丸くした。
「悟浄。それに八戒。久しぶり」
すぐに笑顔になる。
それはふたりに向けられるいつも通りの笑顔で、狼狽えた気配も照れている気配も微塵も感じさせなかった。
――この娘、ですかね?
――ん〜。ビミョー。
こっそりとふたりは目を見交わした。
「あれ? お兄ちゃんは?」
そんなふたりの様子には気付いていないようで、悟空が辺りをきょろきょろと見回した。
どうやら三蔵を探しているようだ。
「お前、俺ら三人をセットだと思ってんのか?」
「え? だって、たいてい一緒じゃん。っていうか、お兄ちゃん、友達少ないからだろうけど」
そういって、仕方ないねというように悟空は笑う。
つられて笑ったところで、悟浄は隣の女の子に視線を移した。
「ところで……」
さてと本題、と思ったのだが、悟空が急にはっとした表情を浮かべた。ふっ、と視線が悟浄と八戒から、横の大きな道を通る車にと移った。そのなかのひとつ、黒塗りの重厚感あふれる車をじっと見つめる。
「ごめん。ちょっと……」
それからふたりの方を向き。
「ごめん、また明日学校で」
女の子にそう声をかけると、慌てたように急に走り出した。
突然の出来事に反応しきれず、悟浄と八戒、そして女の子はしばらくその場に立ちつくして、悟空の後ろ姿を見送る。
どうやら悟空はさきほどの黒塗りの車を追っていったようだ。
歩道と同じく道路も渋滞しており、車はそんなに先まで進んでいなかったが、窓にはスモークが張られていてだれが乗っているのかはわからない。
やがて車はウィンカーを出し、どこかのビルの地下の駐車場へと入っていった。
悟空もその後を追う。
それを見届けて、悟浄と八戒は視線を交わすと、なんとなく女の子に会釈をして車と悟空が消えた駐車場にと向かって走り出した。