05:同じ


黒塗りの車と悟空が降りていった地下への坂道を下っていくと、なかの駐車場はかなり広いことがわかった。
八戒と悟浄は互いに違う方向にと目をやりながら進むが、目につくところには黒塗りの車も悟空の姿もない。
目指す車は見た目はありきたりのセダンで、駐車場には似たような形と色の車はたくさんあったが、意外にもふたりはちゃんと車を見ており、車種が違ったり、色が微妙に違っていたり、スモークが張られていなかったりで、該当する車はなかった。
しばらくそうやって辺りを見回しつつふたりは進んでいたが、いい加減、奥まできたところで足を止めた。
ちょっと広すぎて、適当に歩いていても行き会う確率は低そうだし、それに少し時間が経ってしまったから、例え車が見つかったとしても乗っていた人物も悟空ももう駐車場にはいない可能性が高かった。
これは無駄足だったかな、と諦めかけたとき。
「だって約束したじゃんか」
悟空の声が聞こえてきた。
ふたりは顔を見合わせ、声のした方にと足を向けた。
角を曲がると、こちらに背を向けている悟空の姿が見えた。
悟空の前にはふたりの男性が立っている。どちらも痩身で背が高い。そのうちのひとり。特に目を惹く方には見覚えがあった。
「だいたい焔は金蝉を甘やかしすぎなんだよ」
悟空の台詞で見覚えがあるというのは確定的なものになる。
金蝉。
それは最近人気のモデルの名前だ。
男性向けのファッション誌にあまり興味のないふたりでも知っているのは、その容貌が三蔵にそっくりだからだった。
金蝉の髪は長く、腰に届くほどあったが、それさえ同じであれば同一人物といわれても納得するくらいに似ていた。
あまりにそっくりなので、実は三蔵なのではないかと疑い、ふたりで問い詰めてみたこともあったが『まったくの他人だ』と吐き捨てるような答えが返ってきた。
実際、テレビでニュースになるくらいに大きなショーに出演するために金蝉が外国に行っていたときに、三蔵は変わらずに大学に来ていたので、自分達を含め疑っていた連中は他人ということで納得したのだが……。
悟空が親しげに『金蝉』と呼んでいるということは『まったくの他人』というわけでもないのだろうか。
まぁ、他人の空似というには似すぎていた。
生き別れの双子の兄弟、といわれたほうがすっきりする。
「悟空、今回のはただの顔見せで、撮りじゃないんだ。だから……」
「だったら別の日にしたっていいじゃんか」
金蝉ではない、黒髪の男性が宥めるように悟空に声をかけるが、悟空はほとんど駄々っ子のように答える。
「ウチみたいな弱小プロダクションは、そういうことはできないんだ。この契約が取れないと非常に苦しいことになるんだよ」
「でも、約束したのにっ」
悟空の声に涙が混じる。
「三蔵の嘘つきっ」
金蝉の方を向いていう悟空の言葉に、八戒と悟浄は驚きに目を見開いた。
――三蔵、っていったか?
――いいましたね。
目だけで会話をし、改めて金蝉――いや三蔵か――を見る。
が、ふたりにはその区別はつかない。三蔵だといわれればそんな気がするし、他人だといわれればそうだとも思う。
ぽん、と悟空の頭のうえに金蝉(または三蔵)の手が置かれた。
「スナップ一枚たりとも撮らせやしねぇから」
「でもっ」
「金蝉には借りがある。だろ?」
宥めるような口調と仕草は、確かに三蔵のもののような気がする、とふたりが思っていたところ、不意に紫暗の目がふたりの方を向いた。
「とりあえず俺は行くから、あれ、どうにかしてろ」
悟空が振り返る。
「八戒、悟浄……」
呆然と名を呼ぶ悟空に、ふたりはそれぞれに少しだけひきつったような笑みを見せながらなんとなく手を振ってみせた。