06:好きなフリ


「……で?」
近くの喫茶店に入り、むくれたような顔をしている悟空に悟浄は話しかけた。
「で、って?」
怒ったように悟空はいう。が、悟浄は気にした風もなくたたみかけるように問いかけた。
「だから、三蔵と金蝉の関係。それから、あの女の子」
「女の子?」
「とぼけるなよ、さっきまで一緒にいただろ?」
「って、李厘のこと? 李厘がどうかした?」
「どうかしたって……。そうじゃなくて、あの子、お前の彼女?」
回りくどく聞いても悟空にはわからないだろう。ので、悟浄は直球で尋ねる。
一瞬、悟空は目をぱちくりと開け、それから軽く溜息をついた。
「天蓬先生?」
そして八戒の従兄の名前をあげる。
「そ。ネタは上がっているってわけ」
「ネタってなんだよ、もう」
「で、真相はどうなわけ? 彼女?」
興味津々といった感じで悟浄が聞く。
「……ま、ふたりになら、いっか」
ふぅ、と再び悟空は溜息をついた。
「彼女じゃないよ。彼女のフリをしてもらっているだけ」
「フリ?」
「ん。なんか、高校に入ってから――特にこの間、サッカーの試合に助っ人として出てから、食いもんを差し入れてくれる子が増えて。俺、そういうの、よくわかんなくて、くれるもんをみんな受け取ってたら、本命はだれだとか、二股かけてるとか、すごい騒ぎになっちゃって。だいたいさ、そういう目的だっていってくれてたらちゃんと断ってたんだけど、食いもんをくれるだけってのじゃわかんないって」
むぅ、と悟空は唇を尖らせる。
こんなにも子供っぽいのに学校ではすごくモテるのだと、そういえば天蓬がいっていたのを、悟浄も八戒も思い出した。
自分達の目からは子供っぽく見えても、同い年の女の子から見ればカッコ良く見えるのだろう。事実、スポーツをしているときの悟空は、その天性の運動能力の高さからカッコ良く見えないこともないし、だれにでも気さくで話しやすくて人懐っこいときていれば、モテるのも道理かもしれなかった。
「んで、見かねた李厘が彼女のフリをしてくれるっていってくれて、いま、ようやく落ち着いてきたとこ」
「その李厘ちゃんもお前に気があるってことはねぇのか?」
「李厘が? まさか」
面白いことを聞いた、というように悟空は笑いだす。
「わっかんねぇぞ。意外とお前に近づく手段かもしれないぞ」
「そうだね。なかにはそういうことをする子もいるかもしれないけど。でも、李厘はそういうこと、できない子だし、第一、李厘の理想はお兄ちゃん……って、ウチのお兄ちゃんじゃなくて、李厘のお兄ちゃんなんだ。俺、全然、似てねぇし」
にっこりと悟空は笑う。
子供っぽいくせに、たまに大人びてみえることがある。それはこんなときだ。
寄せられる好意には鈍いのに、人の本質を見抜く洞察力は結構鋭い。
悟浄と八戒は顔を見合わせた。
「えっと、じゃあ金蝉と三蔵は?」
たぶん悟空のいう通りだろうから、とりあえず悟空の彼女の話はおいておき、八戒は尋ねる。
「遠縁だよ。繋がりが複雑すぎてなんて呼ぶのかよくわかんないけど、お母さんの方の遠い親戚。お母さんとお父さんが亡くなったとき、お兄ちゃん、まだ未成年だったから、俺達、別々にされそうになったんだ。でも金蝉が後見人を申し出てくれて、それで離れずにすんだ」
だから『借りがある』というわけか。
「それで三蔵がたまに金蝉の代わりとしている、と」
「1回やったら全然バレなかったから、って。でもいまはほとんどそんなことはしてないんだけどね」
「お前が嫌がるから?」
悟浄の質問に悟空は押し黙る。
「三蔵が金蝉の代わりをするのが嫌なんですか? モデルさんの真似ごとでしたら格好良いでしょうに、どうしてです?」
格好良いお兄ちゃんは悟空の自慢だったはずだ。
そう思って八戒も重ねて尋ねる。
だが、悟空は押し黙ったままで、答えない。
「……嫌なもんは嫌なの」
やがて悟空はぽつりと呟き、それからは拗ねたようになにを聞いても答えなくなった。