08:祈り


三蔵と悟空の両親が使っていた主寝室には、階段をあがって四畳ほどのロフトがついていた。
位置的には吹き抜けになっているリビングの一部を覆うようなところにある。
ふたりの父親はそこを書斎のようにして使っていた。
「三蔵」
いまは三蔵がよくそこに籠り、父親の遺した本を読んでいる。
この日もそこで本を読んでいた三蔵は、呼び声に顔をあげた。
振り返ると、枕を抱えた悟空が階段のあがり口に立っていた。
卓上に置かれた小さな時計に目をやると、午前二時を回ったところだった。
健康優良児の起きている時間ではない。
というか、確か二時間くらい前に悟空は「おやすみなさい」を言いにここに来たはずなのだが。
「眠れねぇのか?」
聞くと、コクンと悟空は頷き、とてとてと階段をあがって三蔵のそばにやってきた。
「ここで寝る」
そしてそういうと、三蔵の足元にうずくまった。
「おい、こら。犬じゃねぇんだから、そんなとこで寝んな」
慌ててそういうと、眠そうな、だがむぅとした顔で悟空が見上げてくる。
まるでむずがる赤ん坊のようだ。
三蔵は溜息をつくと、栞をはさんで本を持ち上げた。
「少し明るくてもいいか? 一緒に寝てやるから、とりあえず起きろ」
だが悟空は首を振って、三蔵の足にしがみつく。
眠くて、だが眠れなくて、自分でなにをしているのか、わかっていないのだろう。
三蔵はもう一度溜息をつくと、本と一緒に悟空を抱き上げた。
それから階段を降りると、悟空を抱き抱えたまま片手で器用に電気を消して、自分の部屋に戻る。
暗くても自分の部屋だ。
どこになにがあるのかはわかる。
三蔵は電気をつけずにベッドに向かうと悟空を下ろし、スタンドの明かりをつけた。
「む……ぅ」
ちょっと眩しそうに悟空がもぞもぞと動き、それからちょうど良い場所をみつけたのか、三蔵にぴったりとくっついてふっと安心したように息をついた。
ほどなくして、安らかな寝息が聞こえてくる。
悟空は、一度寝ついてしまえば朝まで起きないのだが、ごく稀にこんな風に不安定になることがある。
たぶん両親が亡くなったときのごたごたの影響のせいだろう。
会ったこともない『親戚』とかいう奴らがズカズカと押し入ってきて、この家を滅茶苦茶にして、三蔵と悟空を引き離そうとした。
そのときの怒りは、いまだに鮮明に覚えている。
まだ中学生になったばかりの悟空には家のなかの詳しい事情はわからなかっただろうが、そうしていないと引き離されてしまう、と本能的にわかっていたのか、三蔵のそばを片時も離れることはなかった。
泣きそうな顔で、だが本当には泣かずに、ずっと三蔵にしがみついていた。
もうあんな顔はさせたくない。
三蔵は手を伸ばし、悟空の髪をかき混ぜるようにして撫でた。
すると、撫でられたことがわかったのか。
悟空が寝ながら、へにゃ、と嬉しそうに笑った。
いつまでも、こうやって隣で笑っていればいい――。
いつになく穏やかな表情で、三蔵は持ってきた本にと視線を移した。