09:道しるべ


「おい、悟空。夕メシ、出来てんぞ」
夕食時になっても、珍しくもダイニングに降りてこない悟空を呼びに、三蔵は二階に上がってきた。
家事は当番制で、今日の夕食は三蔵が作ることになっていた。
といっても、悟空は家にいるときはなにやかやと三蔵に纏わりついて、結局、夕食の用意も手伝うのが日常なのだが、今日は捜し物があるからといって、両親が寝室として使っていた部屋に行ったきりになっていた。
「なに捜してるんだ? 手伝うか?」
いいつつ三蔵がクローゼットの前に座り込んでいる悟空に近づいてみれば。
「なにやってんだ、お前」
悟空の回りにはアルバムが散乱していた。
両親が恋しくなったか、と思って覗き込んでみると、それはとても古いアルバムで。
「三蔵、見て見て。すっごい可愛い!」
まだ赤ん坊の三蔵の写真を、悟空は掲げて見せる。
「……なにしてんだ、ったく。捜し物ってのはそれか?」
「違うんだけど、これみつけてちょっと見てみたら、ちっちゃい三蔵、凄い可愛いんだもん。あっちに幼稚園生くらいのもあったよ。もう可愛いのなんのって。天使みたいだった」
「アホ」
三蔵は眉間に皺を寄せる。が、悟空は構わずにアルバムをめくり続ける。
「お父さんもお母さんもずるい。こんな可愛い子、独り占めしてたんだー。うわっ、これ、着ぐるみじゃんか。すげっ、可愛いっ」
なかのひとつを指して、ほわわと悟空は笑うが、そんな写真を見せられた三蔵は逆に盛大な顰め面になる。
まだなにもわからぬ頃の話だ。好き勝手なものを着せられても文句もいえない。
「いいなぁ、三蔵」
「……どこが、だ」
「だってさぁ」
悟空は少しだけ拗ねたような表情をする。
「俺の写真のが断然少ないんだもん」
「あ? 着ぐるみの写真ならお前の方が多いはずだぞ」
「いや、そういうんじゃなくて……」
三蔵は溜息をつく。
「そんなんで拗ねるな。最初の子の方がどうしたって写真は多くなるもんだ。お前は二人目だし、同じ男だったからな。だが、おまえは、な――」
それからアルバムの一冊を取ると、パラパラとめくった。
そこに写っているのは赤ん坊の悟空。
父に連れられて病院に行って、初めて母の腕に抱かれた悟空を見たときのことはよく覚えている。
金色の瞳をしたその赤ん坊は。
「世界一可愛い赤ん坊だったぞ」
「なにそれ」
真顔でいう三蔵に照れたのか、悟空が真っ赤になる。
その頭をくしゃりと撫でて。
「とりあえずメシにしねぇか? 冷めちまうぞ」
「あ、うん」
悟空は立ち上がり、先に部屋を出て行く三蔵に続く。
「でも、残念。俺、ちっちゃい三蔵、見てみたかったな。だって物心ついたときから、三蔵は『お兄ちゃん』で、あんな風に可愛く見えたことねぇもん」
トントンと階段を降りながら悟空がいう。
小さい頃の五つの歳の差は絶大なものだ。
悟空にとって、三蔵はいつでも『大人』に見えた。
「可愛くなくて結構」
キッチンに向かう三蔵を、悟空は追いかけた。
「手伝う!」
そうやっていつもその背中を追いかけていた。
それはとても安心できることだったが。
「たまには並びたいな」
横でそういう悟空を三蔵が訝しげな目で見る。
そんな三蔵に、悟空は笑みをみせた。