12:サンキュ


時計を見て、悟空は『うーん』と考えた。
いくらなんでももう限界、と思う。
これ以上待っていたら、日が暮れる。
日が暮れたら――。
悟空はすくっと立ち上がると、ずんずんと歩いて寝室にと向かった。
ドンドンと扉を叩いて、返事も待たずに開ける。
「金蝉。シーツ、洗うから起きてっ」
部屋を横切り、カーテンを開けて日の光を取り込む。
薄暗い部屋に燦々と光が差し込んできて、金蝉がベッドのうえで呻き声をあげた。
「ほらっ、金蝉っ」
悟空は薄い夏掛けに包まっている金蝉に声をかけるが、金蝉は眉間に皺を刻み、夏掛けを手繰り寄せて耳を塞ぐように頭から被って丸くなる。
「もう。早く洗わないと、お日さまが沈んじゃうだろっ」
仕方なしに、揺すって無理やり起こそうとするが。
「〜〜ぇ……」
金蝉は意味の成さない声をあげ、悟空とは反対側に寝返りを打つ。
「ホントにもう、寝起き悪いんだから。そういうとこ――」
ぷんぷんと怒っていう言葉が途中で途切れる。
するり、と剥ぎ取ろうと掴んでいた夏掛けが悟空の手から滑り落ちた。
「……ったく、うっせぇぞ、猿」
「猿じゃないっ」
ふ、っと暗がりに沈み込もうとしていた意識が、金蝉の言葉で引き戻される。
思わず反射的に叫び返していた。
「今日はオフだ。休ませろ」
起き上がった金蝉の手が伸びてきて、ふわり、と頭を撫でられた。
日の光にキラキラと輝く金色の髪。
淡い光に縁どられているような、そんな姿は。
――似てるけど、違う。
「どうした、元気ないな」
頭に置かれた手で、髪の毛をくしゃりとかき混ぜられた。
「そんなことないよ。それより起きたんなら、朝ごはん、食べちゃって。そっちも片付かなくて困ってるんだから」
「わかった、わかった」
髪をかきあげながら金蝉はベッドから降りる。
そんな何気ない仕草ひとつひとつも決まって見えるのは、さすがに本職のモデルだからだろうか。
身のこなしが流れるように綺麗だ。
「なんだ?」
じっと見ていたので、着替えていた金蝉が不思議そうな顔で振り返った。
ちなみに幼少のころからモデルをしていたせいか、金蝉は人前で着替えることにまったく羞恥心を見せない。
そんなところも違うところで……。
「なんでもない」
微かに笑い、シーツと夏掛けを持って悟空は部屋を出て行こうとする。
「そうだ、昼は俺が作るからな」
と、背中に声をかけられた。
「へ? 金蝉が? ってか、作れんの?」
「失礼だな。お前、この間来たときに教えてくれただろうが」
この間、というか中学のときに、アルバイトの代わりにここに手伝いにきたことはある。
だが、なにを教えたんだっけ? と悟空は本気で首を傾げる。
「お湯の沸かし方。あれから特訓してできるようになったぞ。それにしてもこの国は凄いな。あんなものがあるとは。お湯をかけて3分でできるなんて、素晴らしい発明品だ」
「……カップラーメン、ね」
脱力したように悟空はいう。
そういえばこの間来たときに、お湯くらい沸かせるようになれ、とやらせた覚えがある。こういうのが作れる、とカップラーメンを食わせたこともあった。そして、昨日来て食糧品を確認したときに、なんでこんなにカップラーメンがあるんだろうとも思った。
「というわけで、俺はちゃんと平気だから、もしなんだったらホテルにでも泊まるか? 金は出すぞ?」
「金蝉」
呆れていたところ、そんなことをいわれて、悟空は驚きで目を見開く。
気を遣ってくれている。
そんな風に思った。
「大丈夫。金蝉、まったく似てないし」
「……そんな風にいうのはお前だけだと思うぞ。しかもお前以外だったら、十人中十人があいつが俺に似てる、というはずだ」
金蝉が三蔵に、ではなく。
「そうかもね」
悟空はにっこり笑って寝室をあとにした。
「サンキュ」
小さな呟き声とともに。