14:ここだけの話


「金蝉」
仕事を終えた金蝉のために車の手配をして、控室に戻ってきた悟空は戸口で足を止めた。
「あれ? 焔?」
そこには焔もいて、なんだかふたりして深刻な顔をして話をしていた。
「帰ってきたの? あ、ごめん。俺、邪魔?」
深刻そうな顔のままふたりが悟空の方を向いたものだから、悟空は一歩後ろに下がって、扉を閉めようとする。
が。
「悪ぃ。大丈夫だ、入って来い」
「え? でも」
「お前にも関係ある話になるかもしれないからな」
金蝉に促されて悟空は中に入ると、後ろ手で扉を閉めた。
「なに? なにかあったの?」
「あぁ。俺が向こうで世話になっていた人が倒れて、な」
「え? 向こうってパリ? 倒れたって……」
さっと悟空の顔から血の気が引く。
「そんなに大げさなことじゃない。命に関わるようなことじゃねぇから」
ぽんぽん、と悟空の頭を叩くように撫でて、金蝉がいう。
両親の死を経験した悟空は、そういう話題には少し過敏に反応する。
「倒れたのは少し前だ。そんなにたいしたことはなさそうだったから、焔だけ見舞いに行ってもらったんだ。俺には仕事があったからな」
突然、焔がパリに行くことになった理由を聞いていなかったが、どうやらそういうことだったらしい。
「だが、いま、話を聞いたら思っていたよりも悪いらしくて、な。といっても、さっきも言ったようにいますぐどうのっていう話ではないんだが……こっちでの仕事の整理がついたら、向こうに戻ることになると思う」
「え?」
「もともと、親戚っていっても血の繋がりがあるんだかないんだかわからん煩い奴らを黙らせるためにこっちに来ただけだったしな」
金蝉が悟空たちの保護者になるときに、保護者が日本にいないのはどうか、と文句をつけてきた連中がいたのだ。
だから、金蝉は日本に来た。
向こうでの仕事を一時休業して。
「お前らに関わっていると少し楽しくてな。思ったよりも長居になってしまった。だが、もうあいつも成人したことだし、煩い奴らもどうにかできるだろう」
「うん。それは大丈夫だと思う。けど……」
突然のことに、少し悟空は混乱する。
「さっきもいったが、いますぐっていう話じゃない。まだ残っている仕事はしてからだし、当面は公表するつもりもない」
ぽんぽん、と金蝉は悟空の頭をもう一度撫でる。
「うん……」
目を伏せ、悟空は少し考え込むような素振りを見せ、それから目を開けた。
「ね、金蝉。ずっと聞こうと思ってたんだけど。どうして金蝉は俺たちにこんなに親切にしてくれるの? 金蝉だってそんなに近い親戚じゃないし、ずっとパリにいてほとんど日本に来たことがなくて、関わろうと思わなきゃこんな面倒なこと、しなくてもすんだのに」
モデルの仕事は華やかだが厳しい。
一時でも休業したら、またもとの場所に戻れる可能性はないに等しい。
「それはお前が俺を救ってくれたことがあるからだよ。……本当に小さい頃だったから、覚えちゃいねぇだろうがな」
悟空は目を丸くする。
覚えていない。
その言葉通り、保護者を名乗り出てくれるまで、悟空は金蝉に会ったことがなかった……と思っていた。
「ま、それはさておき」
金蝉は悟空の目を覗き込むように見つめる。
「お前はどうする? 一緒に来るか?」
「え?」
「お前がそうしたいんなら、パリに一緒に連れていってやってもいいぞ」
その言葉に悟空は目を丸くした。