15:不器用


「金蝉、夕食、なんにする?」
悟空は冷蔵庫のなかをチェックしつつ、リビングにいる金蝉に声をかけた。
「ん〜」
聞いているんだかいないんだかわからない生返事が聞こえてくる。
「もう、ちゃんと人の話を聞けって」
悟空はダイニングキッチンから続く広々したリビングにと向かった。
毛足の長いラグのうえにクッションを二、三個おいて、しどけなく寝そべって雑誌を呼んでいる金蝉の姿が見えてくる。
ゆったりとしたラフな服装をしているが安っぽさはない。柔らかで手触りが良さそうな生地は、むしろ質が良さそうだ。
金蝉はプライベートではよくこういうラフな格好をしている。
特にブランドにこだわってはいないようで、気に入れば結構なんでも着る。
が、仕立ての良い服に限られるので、結局のところそれなりに良いものになってしまうのだが。
それにしてもどんな格好でもだらしなくは見えないのは、さすがモデルというところだろうか。だらしないどころか、休日のワンシーンとして雑誌に載っててもおかしくないような感じだ。
普通の人であればみとれるところであろうが、悟空はずんずんと近づいていって金蝉が読んでいる雑誌を取り上げた。
「きゅうりとトマトが余ってるんだけど、きゅうりは豚肉と合えて……」
そう悟空が言いかけたとき、金蝉のそばにあった携帯が鳴った。
悟空は言葉を切り、金蝉は電話に出る。
「……あぁ。なんだ、珍しいな」
焔だろうかと思うが、意外そうな表情で違うとわかる。
「悟空か?」
金蝉の視線がふっと悟空に向けられる。それで電話をかけてきたのが三蔵だとわかった。
悟空はぶんぶんと首を横に振った。
「いま、遣いに出ててここにはいないぞ。携帯? すぐそこにいるからな。こっちに来てからかけたことねぇぞ。わからないが、最近結構忙しくしてたから充電を忘れているのかもな。電話するように言うか? あ? ちょっと待て」
金蝉は立ち上がり、部屋の隅においてある固定電話のそばに行って、ボールペンをとりあげる。
「今週の金曜日、1時から桃源教会で……結婚式?」
金蝉の声が少し高くなる。
「あぁ。そうだろうな。りりん? そういえばわかるのか? 電話番号……」
メモをとり。
「わかった。伝える。ところで、お前、いまひとりで大丈夫か? なんならメシだけでも食いに来るか?」
少し間があって、金蝉がクスリと笑う。
「わかった、わかった。電話はいいのか? そうか。あぁ。ちゃんと伝えるから心配するな。では、な」
金蝉はパチンと携帯を閉じると、固まったように動きを止めている悟空のそばに戻ってきてメモを差し出す。
「家の方に電話があったそうだ。りりん? 友達か? 結婚式の出欠を聞きたいということらしいぞ」
「……ありがと」
ノロノロと悟空は手を出してメモを受け取る。
「お前、携帯、切ってるのか?」
ピクンと微かに悟空の体が反応するが、答えはない。
「あいつから電話なりメールなりが来るからか?」
微妙に金蝉から視線を外して、悟空は戸口にと向かう。
「夕飯の買い物、行ってくるね」
「電話はいらねぇと言っていたが、した方がいいんじゃねぇか? あいつはニブくはねぇぞ?」
「……知ってる」
わざと携帯を切っているのはわかっているだろう。
「どっちもどっちだな」
悟空がリビングを出るときに、少し呆れたような声が背中から聞こえてきた。