16:宝箱


夕飯の買い物のために外に出て、ぽてぽてと歩いているうちに神社の横を通りがかった。
悟空は少し考え、なかにと入る。
夕方にはまだ早いが、午後の一番暑い時間は過ぎている。
が、夏の盛りで、特になにも行事がないせいか、境内には人の姿がまばらだった。
本殿に軽く手を合わせてから、大きな木の下のベンチのようなところに座る。
ここの神社はそんなに広くはないが、綺麗に手入れされている。百日紅が鮮やかな花を咲かせていた。それを見るとはなしに見る。
綺麗な花。綺麗な色。綺麗な――。
悟空はぶんぶんと頭を振った。
なんでこうも、その人のことを考えてしまうのだろう。
離れれば、忘れることもできるかと思っていたのに。
忘れるどころか、日に日に思い浮かべる姿は鮮やかになっていくような気がする。
離れている方がもっと――想いが強くなる。
ふっ、と悟空は息を吐き出した。
忘れるなんて……考えてみれば無理な話だ。
生まれたときからそばにいて。
誰よりも、なによりも一番身近で、一番多くの時間を一緒に過ごしてきた。
自分の中にある大半の記憶はその人とともにある。
その姿はもう記憶に焼きついていて、それを忘れるなんて記憶喪失にでもならない限り無理だ。
でも、これから別々の時間を過ごせば。
その時間がこれまでの時間よりも長くなれば。
この記憶も薄まるだろうか。
いまはまだこんなにも鮮やかだけど、ずっとずっと別々に過ごしていれば、ぼんやりとしか思い出せないようになるだろうか。
そして、この想いもまた――。
とてもとても大切なものだけど、封じ込めて、どこかに埋められればいいのに。
せめてこの想いだけでも。
そうすれば、心配させることもないだろうに。
悟空はポケットから携帯電話を取り出した。
パチン、と音をたてて開ける。
黒いままの画面。
電源を入れようとボタンに手をかけるが――。
ふっと息をついて、悟空はまた携帯を折りたたむ。
声を聞いただけでも、いままで必死に保っていたものが崩れてしまうかもしれない。
なんて脆い――。
それでも、遠く離れる決心もつかなくて。
このままじゃダメだとわかっているのだけど動けない。
握りしめた携帯を額につけて、悟空は祈るように目を閉じた。